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ゴールデンウィークと宇宙 (2026/05/12 )
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華道「真生流」創流百周年記念及び家元継承式典へ 2026/05/28
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先週の日曜日は、華道「真生流」創流百年記念式典及び第四代家元継承祝賀パーティーに出席しました。
上の写真は、会場のホテルニューオータニ「芙蓉の間」入口にて、この度ご長女の山根奈津子先生に家元を譲られ、流主となられた山根由美先生のお花の前で。
これまでにもこちらのブログなどで書いて来ましたが、私は大学時代から十年ほど真生流の家元教場でお花を習い、師範免状を頂いています。
当時、奈津子先生はまだ初々しい中学生で、一緒に花器を並べてお稽古をしたものでした。
その「奈津子ちゃん」が真っすぐに花の道を歩まれて華道家として活躍され、花展で大作を拝見すると何とも言えず嬉しく、私はいつも胸がいっぱいになってしまいます。
けれどこの日は、式典。メークが崩れてしまうし、泣かないようにしなければ、と思って臨んだのですが‥‥
由美先生より、家元継承の証として、花器の原型である中国周時代の青銅花器を授与される姿を拝見した瞬間、やはり涙ぐんでしまいました。
この日は、当時一緒にお稽古していた仲良しの弟子仲間二人と同じテーブルでしたが、ふと見ると二人も目頭を押さえていて。まことにまことに感慨深い瞬間でした。
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上の写真が、壇上に生けられた奈津子先生の作品。すっきりと格調高く、長い伝統を踏まえながら現代性もたたえ、私は真生流の花が大好きです。
新家元、奈津子先生の益々のご活躍を心より祈念致します。
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こちらの写真は、式典の後、会場に展示された青銅花器。およそ3千年前のものとなるでしょうか。博物館のガラスを通さず拝見出来た稀有な機会でした。
そして、こちらの写真は、今回の継承式を機に出版された、先代由美先生の自伝「花の家に生まれて」。
美しく愛らしい装丁の表紙を開くと、意外なことに〝山ガール〟だった青春時代から、やがて重圧を感じながらも家元を受け継ぐことを決意、懸命に花の道を歩まれた半生が綴られています。結婚、子育て、生まれて間もない赤ちゃんを亡くされた苦しいご経験、仕事と家庭の両立‥‥多くの女性のロールモデルともなる一冊だと思います。
先生がまだ原稿を執筆されている時点から読ませて頂き、出版社と編集者選定のお手伝いをさせて頂きました。こうして素晴らしいご本となって手に取ることが出来、こちらにも感無量の思いが致します。
全国の書店で発売されていますので、皆様ぜひご高覧ください。
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当日は、冊子に四季の花文様の訪問着を着用しました。
由美先生のお父様は、日本美術史の泰斗であられる東京大学名誉教授 山根有三先生。琳派の研究者だった私の母はその有三先生の門下で学び、先生を深く深く尊敬申し上げていました。母の学問のすべては有三先生の薫陶を受けたものです。
そして、母もまた由美先生の教場に通っており、母娘二代にわたって真生流のお花を学んで来ました。
冊子文様は、この、有三先生と母の学問上の師弟関係を。四季の花文様は由美先生と母と私との生け花上の師弟関係を象徴するものと思い、択んだ一枚です。
帯は、龍村平蔵の桐竹文様袋帯。母方の祖母(もしかしたら曾祖母)から伝わったものです。
帯締めは、「道明」にて、金糸入りの唐組を新調しました。白の唐組はふっくらとした姿が何とも愛らしく大変気に入っています。京都「きねや」の羊歯文様の白地帯揚げを合わせて。
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そして、今回、お扇子も新調しました。
「komamono玖」さんの白漆の礼装用扇子は、買い立てのため今はまだベージュ色なのですが、次第に白く変わっていくそうです。骨の松藤文様の金蒔絵が大変好み。宮脇賣扇庵とのコラボレーションとのことです。
最後に、バッグは、母の遺品のクラッチバッグを択びました。綴れ織りに真珠を配した「ミキモト」製。嫁入り道具の一つだったのかも知れません。盛大なお式を、きっと母も、私と手をつないで嬉しく拝見していたと信じています。
ゴールデンウィークと宇宙 2026/05/12
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ゴールデンウィークを、今年も私は自分の街、東京で過ごした。
3年前に受けた手術の後遺症から、長時間の乗り物の振動に腸がまだ耐えられず、遠出が難しい。
せいぜい電車で30分ほどの東京のどこかの街に出かけて、それでも、美味しいケーキ、或いは食事を頂きながら、友だちとあれこれお喋り出来れば十分楽しい。
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天気の良い日が続いたので、庭で北京留学時代以来の相棒の熊のぬいぐるみを虫干しした日もあった。
当時、大失恋をして、あまりに悲しくてデパートのぬいぐるみ売り場で目が合ったこの子を衝動買いして、寮の部屋で抱きしめて心をなぐさめたのだった。
彼が寝ているラタンの椅子は、亡き母が地元のデパートで毎年開かれる「日本の職人」展で一目惚れして購入したもの。母娘でも衝動買いの中身がだいぶ違うのだ。千葉の藤職人さんの手でしっかりと編み込まれ、百年でも二百年でも持ちそうなこの椅子を大切に使っていこうと思う。
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庭を見回すと、今年は、花の調子がすこぶる良い。
野ばらは毎日大体120輪!ほど咲いているし、今は車輪梅と紫蘭も満開。種類の違う小ぶりの野ばらも、こんなに花がついた年はない、というくらい咲きに咲いている。葉の色も深く厚みがあり、病葉がとても少ない。

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少し前には山つつじの圧力がすさまじかった。馬酔木もよく咲いたし、写真はないけれど、昨年は花をつけなかったチューリップが大きな花をつけた。それに椿が10年ぶりに咲いたりもした。木瓜にいたっては、一回終わったと思ったのに、もう一度次々と花をつけ出して非常に驚かされた。この庭で五十年以上暮らしているれど、初めて見た現象だった。
そして、山桜と青もみじは今年も美しかった。
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昨年は、日本列島の歴史の中で、おそらく縄文時代以来ほどに暑く、長い夏だったのではないだろうか。今年、花の調子がいいのはそのせいではないかと推測している。人間にとっては厳しい気候でも、多くの植物にとっては、このくらい温度が高く、強い日差しにさらされる方が生きやすいのかも知れない。
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一方で、梅の木には異変が起こっている。
毎年一ヶ月ほど咲き続けて楽しませてくれるのに、今年は2週間ほどで終わってしまい、現在では写真のように、驚くほどたくさんの実が育ち切らないまま土に落ちている。
このような姿もこれまで一度も見たことがない。樹齢がやって来たのか(でも、まだ平均樹齢より20年ほど若いのだ)、それとも、梅の木だけが、温暖化の気候に適応出来ないのか。あれこれ推測してみるけれど答えは見つからない。
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上の写真は、大学受験で通った塾以来の友人と散歩した、二駅先、荻窪の太田黒公園の庭園。腕利きの庭師が心血をそそいで守っている庭だと伝わって来る。見上げるほど高いもみじや松の枝の重なりを風がわさわさと通り、森へ出かけて来たようだった。
正岡子規の『病床六尺』を思い出す。病気のすさまじさも、文学への才能もスケールがまったく違うけれど、身の周りの世界にも宇宙があることを、彼が感じたように感じるこの初夏。