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   <title>三島由紀夫と私</title>
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   <published>2012-05-14T12:03:21Z</published>
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   <summary> 　先ごろ出版された三島由紀夫に関するノンフィクション書籍『ヒタメン 三島由紀夫...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="%E4%B8%89%E5%B3%B6%E9%83%A8%E5%B1%8B%E3%82%BF%E3%83%86.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E9%83%A8%E5%B1%8B%E3%82%BF%E3%83%86.jpg" width="240" height="400" />
　先ごろ出版された三島由紀夫に関するノンフィクション書籍『ヒタメン 三島由紀夫が女に逢う時』（岩下尚史著・雄山閣刊）で、構成とリサーチを担当した。
　実は私は三島由紀夫とは――大したものではないが――少しだけ縁がある。
　一つは、私の祖母の弟、つまり私にとっての大叔父が、三島と小学校から高校まで、学習院で同級生として過ごしているのだ。
　また、もう一つ前の代へさかのぼると、私の曾祖父と三島の父親が東京帝国大学法学部の独法学科にやはり同期で通い、高等文官試験（＝現在の国家公務員総合職試験）も同じ代で受けている。三島本人と三島の父親の代で、私の血族と多少の縁があったということになる。
　もちろん、曾祖父も大叔父も祖母も皆故人となってしまった今では、三島に関する思い出話を聞くことは出来ない。どうやら大叔父はそれほど三島と親しかった訳ではないということは分かっているけれど、ただ、或る時――その時もう祖母は結婚していて三島が有名作家になった後の出来事だけれど――祖母が街で偶然三島に会ったことがあるそうだ。その時、「すみちゃん」と三島の方から声を掛けてくれたのよ、と祖母は話していたので、もしかしたら三島は学習院時代、同級生の家ということで時々祖母の実家に遊びに来ていたのかも知れない。つまり、大人になった後でも祖母の顔を覚えている程度の交流はあった、ということだ。三島の実家も祖母の実家も同じ四谷にあったので、そのような推理が成り立つ可能性は高いのだが、ともかく、そんなこんなで三島には多少の“近さ”のようなものを感じていた。

　　　　　　　　　　　　＊

　そんな私に旧知の雄山閣の編集者Ｋさんから、三島に関するノンフィクションの裏方役＝編集協力者として、著者の岩下先生をお助けする仕事をしてみないかというお話を頂いた。
　そのとき私が思ったことは、「三島の全作品を読破しなければいけない」ということだった。それまでに私が読んでいたのは、『金閣寺』『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』『午後の曳航』『愛の渇き』『青の時代』『美しい星』のみだった。作り手の側が三島の著作を読み込んでいないのでは話にならない。明日から早速、これまで読んだ作品も含めて、全作品を読破しよう。そう思った。
　――と、こう書くと簡単そうに聞こえるかも知れないが、一度でも図書館に行って三島由紀夫全集をご覧になれば、それがどれほど大変なことか分かって頂けると思う。新潮社から出ている全集は44巻に及び、そのどれもが6センチほどの分厚さ。とにかく三島由紀夫というのはあきれるほどに多作な作家なのだ。
　それでも、私はそのほぼ全ての作品を読んだ。ごく初期、三島十代の頃の短篇と、あまり有名ではない戯曲、それから、それほど重要ではないと思われる対談は省いたけれども、それ以外の作品は全て――長編作品は、当然、全て。中編、短編もほとんど全て。戯曲も代表作は全て読み、対談やエッセイの7割くらいにも目を通した。
　また、小説と同様に重要な、三島の思想書。例えば、『太陽と鉄』『林房雄論』『革命哲学としての陽明学』『文化防衛論』など。これらの著作も当然、全てを徹底的に読み込んだ。全集第43巻に付いている詳細な年表を活用して、三島十代から最晩年に至るまでのほぼ全ての著作と対談を、その執筆・発言の時間順通りに読んだのだ。
　更に、三島の四谷の実家があった場所、三島の最後の家、墓所、市ヶ谷の“自衛隊見学ツアー”にも参加して、三島があの衝撃的な自決を遂げた東部方面総監室も訪ねた。もちろん三島が役者として出演した映画も全て観たし、三島の両親が出した随想録も読んだ。ジョン・ネイサンの『三島由紀夫――或る評伝』など、三島論の著作にも幾つか目を通した。読み、訪ねる。これらのことを全て完遂するのに、大体1年半ほどの時間を使っただろうか――
（冒頭の写真は、当時の私の机の前の壁を撮ったもの。毎日三島の写真を見て過ごしていた！）

　もしかしたら、著者でもない、単に構成とリサーチを担当するだけの編集協力者に過ぎない私が、ここまでの努力をする必要はなかったのかも知れない。でも――と私は思っていた。いやしくも三島由紀夫という怪物と少しでも関わりを持つ以上、いいかげんなことはしてはいけない。いや、出来ない、と。
 　私の三島的くそ真面目さの故か、或いはDNAに刻まれたかすかなかすかな縁のつながりに無意識に叱咤激励されたのか。とにかくそのようにして私は、三島由紀夫と格闘する日々を過ごしたのだった。

　　　　　　　　　　　　　＊

　この書籍『ヒタメン 三島由紀夫が女と逢う時』は、紆余曲折を経て、昨年暮れにようやく発売された。そして好評のため、このたび早くも増刷されたことを嬉しく思う。更にそれを祝して特設ホームページが開設されることになり、編集協力者として、私もコラムを一篇と論説を一篇、寄稿させて頂いた。下にそのURLを記すので、お時間のある時に読んで頂けたら嬉しいのだが、今日、このブログでは、三島との格闘を通じて私が何を得たか、そのさわりに当たることを少し書いてみたいと思う。本論は下のの論説で書いた訳だが、このブログではその概略をまとめてみるということだ。
　そしてまた、あのような生き方、或いはあのような死に方をした三島由紀夫という人間について、今、どのような感慨を抱いているかについてもまとめてみたいと思う。

　まず、二篇の原稿のご紹介をしたい。
　コラムの方は、題名を<em><strong>『ヒタメンの時代』</strong></em>と言う。
　<a href="http://www.yuzankaku.co.jp/test/untitled/9784639021971-2.htm">http://www.yuzankaku.co.jp/test/untitled/9784639021971-2.htm</a>　
　今回の書籍『ヒタメン』は、三島・二十代後半の秘められた恋――それも、女性との恋――に光を当てているが、このコラムでは特に若い読者の方々へ向けて、その時代背景を解説している。
『ヒタメン』で初めて解き明かされた三島の恋は、彼の人生にとってどのような時期に当たり、そしてまたそれは日本にとってのどのような時代に当たるのか？そんなことを簡単にまとめたコラムだ。

　一方、論説の題名は、<em><strong>『三島由紀夫との約束』</strong></em>という。
　<a href="http://www.yuzankaku.co.jp/test/untitled/fuhen.pdf">http://www.yuzankaku.co.jp/test/untitled/fuhen.pdf</a>　
　ここに私は、私が取り組んだ三島との格闘の全てを、結実させた。先ほど「三島の著作をその順番通りに読んだ」と書いたが、それはつまり、三島由紀夫という偉大な作家の思想遍歴を、そのままたどる旅にほかならなかった。
　その旅の果てに私が到達した結論はこうだ。三島という作家は、生涯一つの命題を追究した作家だった。その命題とは、「人生と芸術、その対立の解消」という命題である。このパースペクティブのもとに三島の思想の変遷を全て見通すことが出来る、と、今、私は考えている。或いはそれは、「現実と虚構」と言い換えても良いかも知れない。或いはまた、「現実と夢」と言うことも出来る、と。

　そう、今、ここで食事を取り、排泄し、眠り、人を憎み、人を恋する生活者である自分と、そのような自分を超越して、虚構の世界を紡ぎ出そうとする、芸術家である自分。芸術、或いは創造というこの奇怪な行為とは一体何であるのか？
　或いはまた、現実に、今目の前にある、薄汚れ自尊心を見失い文化的に政治的に強国に（三島の時代では、アメリカに）こびへつらい引きずられて行く日本と、観念の中に凛として存在する、美しく、強い日本――このように、私たちの現実、私たち一人一人の人生の前にいつも立ち現れ、私たちの現実を駆り立てる、夢のような何か。また、その夢そのものを紡ぎ出そうとする創造という行為。この、対立し合う二項の関係性そのものに向き合い、オリジナルな措定を与えること。それが三島が生涯取り組んだ命題であり、幼少期から青春期、壮年期へと彼が年輪と経験を加えて行くのに伴って、その内実も少しずつ変化する。このことを、私は三島の著作の跡を追うことでつぶさに観察することが出来たと思うのだ。

　注意しなければならないのは、「人生と芸術」、或いは、「現実と夢」、この非常に形而上的な命題は、三島の場合その根本では、彼の身体的条件に強く結び付いているということだ。
　実は三島に限らず、「芸術という行為とは何か？という問いそのものを芸術のテーマにする」というこの自己撞着的な命題は、フロベールやマルセル・デュシャン以来、現代芸術の根本テーマの一つだった。だが三島のユニークネスは、それが情けないくらいに表層的な、彼の身体的条件に強く影響されているという点にあるのではないだろうか。思想家、小説家として三島の偉大性は言う間でもないが、だからと言って三島を黄金の神殿の中に閉じ込めてしまっては、彼を真実理解することは出来ないというのが私の考えだ。
　三島由紀夫。本名・平岡公威という男は、特別に優れた頭脳と特別に虚弱な体質を持ってこの世に生まれ落ちた。この身体条件が彼を生涯、強迫観念的に支配し続けたという事実から、決して目をそらしてはならないと思う（三島自身は目をそらしてくれることを望んでいたと思うが）。だから、上に挙げた「人生と芸術」という命題はある側面では、西洋哲学を学んだ者にならおなじみのあの命題「肉体と精神」という対立項として現れて来るだろう（そして三島もまた西洋哲学を血肉化している）。
　しかし三島は超人的な努力で、その劣位の身体条件を克服した。ここにも三島のユニークネスが存在する。学習院時代、「あおじろ」という屈辱的な仇名をつけられた病弱な痩せた体を徹底的なワークアウトで鍛え上げ、ボクシングを学び剣道で段位を獲得し、晩年の自衛隊体験入隊時には、二十代の新入り隊員に混じって全く同じ厳しい訓練を完璧にやり遂げている。
　私が今回三島の著作を時間順に読み通すことで得た新しい知見は、三島のこの肉体改造＝現実改造の意志が、「芸術と人生の関係性」という現代芸術の根本命題にオリジナルな回答を導き出そうとするまさにその時期――『金閣寺』を執筆する時期――に始まっているという点にある。そしてその時期、つまり『金閣寺』という達成を境にして、三島の思想と行動は前期と後期と言って良い程にはっきりと線引きがされるという点にある。
　その詳しい分析は上に挙げた<em><strong>『三島由紀夫との約束』</strong></em>を読んで頂ければと思うのだが、三島由紀夫、或いは平岡公威という男は、自身のひ弱な体と目も眩むばかりの思想の高みの間を誰にもついて行けないほどの激しい振幅で往復し、その結果、『金閣寺』という不朽の著作をこの世に産み落としたのだ。その激しさに、私は、恋心のような思いを抱かずにはいられなかった。そう、私は激しい人間が好きなのだ。

　　　　　　　　　　＊

　そしてもう一つ、私が今回三島と取り組む中で目を啓かされたことがある。それは、『金閣寺』以降の三島＝後期三島との格闘の中で得た気づきだった。
　多くの方がご存知のように、この時期以降の三島は次第に、そしてやがて加速度的に国粋思想へと接近して行く。それはつまり三島が、「身体と精神」という所与の条件のもとに「人生と芸術」という命題に取り組んみそれを達成した後、新たな「現実と夢」の問題＝「現実の日本と理想的日本」という命題に取り組み始めたということ。そう言って良いのではないだろうか。
　この点についての詳しい分析も<em><strong>『三島由紀夫との約束』</strong></em>の中で書いたので詳細はそれを読んで頂くとして、三島の思想と行動をたどるうちに私は彼の一種の先見性というものに驚嘆せずにはいられなかった。

　三島が国粋思想へと近づいて行った時期というのは、多くの方がご存知のように、世界的に学生運動が盛り上がりを見せた時期である。それはまた日本人にとっては、今に続く問題、日米安保条約を維持するか否か？という問題を喉元に突きつけられていた時期でもあった。
　その結果を今、私たちは知っている。
　学生運動は結局失敗に終わり、日米安保条約は締結・延長され、日本はアメリカの軍事力の庇護の下に、「平和国家」の看板を今も掲げ続けている。その看板が、自分一人の力で達成されたのなら確かに立派なものだろう。しかし現実にはそれは“アメリカの軍事力”というスカートの中に大人しくかしこまったことによって達成されたのであり、安保闘争の運動家たちが当時掲げていた激しい危機感、「日本は安保条約を締結することによって明確にアメリカ陣営入りすることになり、ソ連を代表とする東側陣営との戦争に巻き込まれる」という見通しは、とんだ見込み違いだったことが明らかになっている。そう、彼らがあれほどまでに毛嫌いした日米安保条約こそが現在の平和国家日本の根本を支える土台となったのであり、更にまた、当時彼らが盲目的に良きものとした社会主義国家、ソ連、中国、北朝鮮、その政治体制がいかに暴力的な抑圧を伴うものだったのかも、今、明白に白日のもとにさらされている。

　思うのだが、安保闘争を境にして、日本というこの国には、常に奇怪な“ねじれ”と奇怪な“恥ずかしさ”がつきまとっているのではないだろうか。
　それは、したり顔で平和や民主を語りながら、その理想はアメリカの軍事力によって担保されているという強いねじれであり、更にそのアメリカ様が軍事力を抑止力としてのみ使い、本当に公正に世界の警察官だか司法官だかの役を務めているのならまだ良かったかも知れないが、しかし現実にはアメリカは、自国の利益を恥ずかしいほどむき出しにして各地へ武力進出を続けている。そして我が日本はそれに見て見ぬふりを決め込み、今も無口にかしこまっているしかないというのが残酷な真実だ。自らのこの振る舞いをごまかしながら平和だの市民社会だのと語ることにつきまとう、強い“こっ恥ずかしさ”、強いねじれ。
　しかし日本も処女の顔をして生きることは出来ず、二つの奇怪な落とし子をこの世に産み落としている。そう、それこそが沖縄基地であり、また、自衛隊であるだろう。三島由紀夫は日本のねじれと日本の恥が生起する60年代という渦のそのまっただ中で、自衛隊という、極限の矛盾、矛盾の落とし子の中へ命を賭けて飛び込んで行ったのだ。


　　　　　　　　　　     ＊

　『金閣寺』以降、三島は一時期、時代の寵児だった新人・石原慎太郎をライバル視していた時期があったが、その対象をすぐ別の新人作家へと移して行く。確かジョン・ネイサンも書いていたと思うが、三島が本当に敵視したのは大江健三郎であるだろうと、私も思う。

　大江健三郎的な、夢。
　私自身は食わず嫌いで大江の小説作品を読んでいないので完全に確定的なことは言えないが（ああ、今後は大江も読まなければいけないのだろうか…）、新聞・雑誌などで彼の政治的発言は或る程度把捉して来た。
　その大江の夢。「理性的な市民による、理性的な社会運営」という夢は、確かに人類共通の、永遠の夢であるだろう。けれどこと日本に限っては、その夢が別の超大国の暴力性によって担保されているということは、上に書いた。
　そして翻って世界を見渡せば、一体どこに、完全に清廉潔白な国家があると言うのだろう？或る国は今この瞬間にも他国に武力攻撃を仕掛け続けているし、武力は行使しないまでも、日々経済上の激しい“奪い合い”という闘争の中にいる。この世界に生まれて来た以上、暴力性から逃れることなど出来はしない。人類普遍の理想を追求することは良い。しかしそれは自らの中にも存在する暴力性を直視し、コントロールすることによって達成されるのであり、日本の現在の状況は、そのコントロールのレッスンを始めることすら出来ていないと言って良いのではないだろうか。それを無視して平和を、民主を日本人が語ることの恥ずかしさを、私は感じずにはいられないのだ。
　もちろん、その背景には、明治維新以降の日本人が行った朝鮮半島及び中国大陸への進出、その致命的な失敗という、圧倒的な恥と暴力の記憶が存在する。しかし敢えて大胆に言うのなら、この記憶を恥じることはないと私は思う。何故ならそれは特に日本人だけに固有のものではないからだ。この地球上の全ての国家、いや、我々一人一人の存在の奥底に、暴力性は必ず存在する。日本人は特に優秀な国民でもなければ特に野蛮な国民でもない。ごく凡庸な、一つの民族だ。だから、他の諸民族と同様野蛮な暴力性を有している。しかしそれを直視しなければ、それを飼い慣らすこともまた出来ないのではないだろうか。

　
　さて、翻って現在の日本が置かれた状況を冷静に見つめてみれば、三島の時代とは大きく異なる明らかな変化が表れている。それは、アメリカの衰退、という多くの日本人が直視したくない事実だ。もちろんそれはもう一つのもっと認めたくない事実、中国の台頭という事実と表裏一体になっている。
　この大きな変化を受けて、永遠不変にすら思えた終わらない日常＝日米安保条約の存在も今、揺らぎ始めている。経済的な要因、そして地勢学的な要因から、沖縄に海軍を駐留するべきではない、日本は自国の軍隊を持つべきだ、という主張が何とアメリカの側から出始めているのだ。ああ、あの国の何と言う恥知らずの身勝手さ！しかしこれが国際政治の現実であり、これが私たちの戦後平和の後ろ盾となっていたアメリカ様の素顔なのだ。この新しい現実に直面して、私たちはこれからどう行動するべきなのだろうか？オペラ『蝶々夫人』のようによよと泣き崩れ、行かないでください、アメリカさんと泣くのか、一体どうするのか？
　いずれにしろ、私たちの前に突きつけられているのは、「国防」という命題だ。私たちは1945年の敗戦以来本当に初めて、日本人、この民族の中にひそむデモーニッシュな力、私たちの暴力性を直視する時期に入ったのではないだろうか？

　42年前、1970年11月25日に、三島由紀夫は自衛隊に突入し、自決した。天皇制に関する彼の思想は意見の別れるところでありここでは不問にするが、三島の死にざまが放つ、圧倒的に奇怪で不可解な力！彼がその死で示したものは、スカートの下で「夢」を語る時に巧妙に隠蔽されてしまうもの、私たち日本人の奥底に潜む圧倒的に不可解な力、圧倒的に危険な、暴力性そのものなのではないだろうか。
　1970年当時、多くの日本人はその行動をどう受け止めて良いか分からず、失笑とともに忘れ去ろうとした。しかし現在、変わりつつあるこの世界情勢を前にして、三島を本当に笑える日本人がいるだろうか？三島由紀夫、或いは平岡公威。彼以外の誰が、「夢」と「現実」が奇妙にねじれるその結節点へ突撃し、自らの腹をかっさばくことでそこに裂け目を入れることが出来ただろうか？その途方もない激しさに私はまた心惹かれずにいられないのだ。
　今回のブログの題名を私は『三島由紀夫と私』と書いた。これは私、西端真矢というこの個人の「私」を指すと同時に、この長い日記を読んで下さった一人一人の皆さん自身を指す「私」でもある。三島由紀夫はあの、狂気と見えながらその実論理的に十分考え抜かれた究極行動によって、「私」たち一人一人に或る「現実と夢」の問題を突きつけている。間違いなく私たちはこれから、その問題に巻き込まれて行くだろう。

　　　　　　　　　　　　　＊

　三島由紀夫。或いは平岡公威。
　彼の一生をつぶさにたどることによって、私はこの男の激しい生き方に恋に近いような感情を抱かずにはいられなかった。もしも私があの時代に生まれ、自分の前にこのような激しい男が現れたら、必ず恋せずにはいられなかっただろう。しかし三島は男色であるから、もちろんその恋は永遠の片想いに終わったはずだが、そもそも私は三島が自決した年にこの世に生まれて来た。今、私にとって銀幕の輝かしい偶像のような存在に変わったこの男と、同時代に生きることすら出来なかったのだ。三島由紀夫。或いは平岡公威。あなたに、私の永遠の片想いを捧げる――

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   <title>立食パーティーの日の着物+新宿のシェアオフィス</title>
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   <published>2012-05-08T11:07:09Z</published>
   <updated>2012-05-08T11:34:34Z</updated>
   
   <summary>先日、立食でのパーティー的催しに参加したときに着たお着物のご紹介日記です。 この...</summary>
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      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[先日、立食でのパーティー的催しに参加したときに着たお着物のご紹介日記です。

この日のイベントは、「Nomad Tokyo Drink」。
ノマドという言葉、最近よく耳にしますが、組織に所属せず、フリーで働く人の総称ですね。もちろん昔からフリーランスという言葉はありましたが、ノマドと敢えて定義し直しているのは、特にウェブが発達したこの時代に、モバイル機器を片手に自由に居場所を移動して仕事をする、その感覚を含めて新しい語が作られたのだと思われます。
私自身はかなりIT弱者な方なので、「あなたノマドですか？」と言われると「も、もしかしたら違うかもしれません…」と泣きが入りそうなかんじですが、「着物の本を作りたい！」「着物についてのコラムを書きたい！」「中国取材に行く仕事をしたい！」「中国語→日本語翻訳やりたい！」「辛口エッセイコラム書きたい！」「コーヒーブレイクにさらっと読めるしゃれたエッセイなんてどうかしら！」などなど仕事への夢がはちきれそうにたくさん。だから編集者やプロデューサーの方との出会いをいつも求めています。
Nomad Tokyo Drinkは、ノマドな働き方をする人々やノマドな人に仕事を発注したい人々の交流会。私も出会いを求めて、“婚活”ならぬ“仕事活”に出かけたのでありました。
その日のお着物がこちら↓
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<img alt="%E9%A1%8D%E7%B8%81%E9%87%8E%E8%8D%89%EF%BC%8B%E9%BB%92%E3%81%8B%E3%81%8C%E3%82%8A%E5%85%AB%E5%AF%B8%E5%94%90%E8%8A%B1sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E9%A1%8D%E7%B8%81%E9%87%8E%E8%8D%89%EF%BC%8B%E9%BB%92%E3%81%8B%E3%81%8C%E3%82%8A%E5%85%AB%E5%AF%B8%E5%94%90%E8%8A%B1sfws.jpg" width="300" height="452" />
＊以前もこのブログでご紹介したことがありますが、紬で、全て織りで（＝描きではなく）野草を織り出した、かなり手の込んだ一枚です。
これは、渋谷東急で開かれていた着物催事に或る時ふらふらと迷い込んでしまい、つい買ってしまったもの。某タレントさんの撮影用にその方のサイズで仕立て、しかもそのサイズがとても小さいので定価では売れない！ということで、破格のお値段がついていました。その日は仕事の取材帰りで疲れ切っていて、ついつい癒しを求めて迷い込んだ催事だったのですが…こんな出会いがあるとは…やはり人生迷宮に迷い込むことも必要です。

＊帯は、祖母の遺品の八寸名古屋。おそらく昭和初期頃の、モダンな感覚が流行した時代のモダン唐花ではないかと思われる織りや糸や文様なのですが、詳しいことは分かりません。
私は、テーマが和とは関係なく、着物に詳しくない方がほとんど！という集まりの時は、今回のように、まずとっかかりやすいモダン系の着物や帯を着て出かけることがあります。
どこかに洋服っぽさがある着物だと、着物に慣れていない人にも理解してもらいやすく、「着物もなかなかいいね」とか「こういう着物なら私も着られるかも」と思って下さる方も出て来るかな、と。そしてそこから洋服的着物なんぞよりももっと深くもっと面白い、着物の本当の世界へようこそ‥という私の深遠な計画なのであります。むふふ。

　　　　　　＊

この日のイベントの会場は、新宿にあるシェアオフィス、HAPON。私の友人が共同経営者の一人として運営に参加していて、今ではその経営陣全員の皆さんとお友だちになりました。
<a href="http://hapon.asia/shinjuku/">http://hapon.asia/shinjuku/</a>
ノマドという言葉と同様、オフィスシェアやルームシェアという形態も、最近の新しい潮流となっているように感じますが、特にここHAPONの特徴は、私は、インテリアの環境が抜群にいい！ということではないかと思っています。働ければどんな所でもオーケーという人もいるかもしれませんが、私は、環境要素も働くモチベーションや気分の良さに大きく影響するのではないかと考えています。その意味でHAPONは、最上の環境を提供してくれるシェアオフィスではないか、と。

最大の特徴は、共有スペースのこのデスク。日本列島の形をしているが分かるでしょうか？(ここから下の写真は全て、パーティーとは別の日に見学した時に撮ったものです）
<img alt="HAPON%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%AFsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/HAPON%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%AFsfws.jpg" width="300" height="448" />
HAPONの共同経営者の一人に大平龍一さんという彫刻家がいらっしゃり、彼が木工で手作りした作品。外部の方とのちょっとした打ち合わせをここでしたら、何だかちょっと鼻高々ですよね。
<img alt="HAPON%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%81%A7%E5%83%8D%E3%81%8Fsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/HAPON%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%81%A7%E5%83%8D%E3%81%8Fsfws.jpg" width="300" height="448" />
シェアオフィスでは、コピー機やオフィスアドレスなど、働くための基本スペックをシェア出来ますが、HAPONの給湯コーナーやロッカー、そしてブックセレクトの専門家が入って作られた共用本棚もこんなにお洒落。
<img alt="HAPON%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BCsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/HAPON%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BCsfws.jpg" width="300" height="448" />
<img alt="HAPON%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BCsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/HAPON%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BCsfws.jpg" width="300" height="448" />
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<img alt="HAPON%E6%9C%AC%E6%A3%9A%E7%B8%A6sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/HAPON%E6%9C%AC%E6%A3%9A%E7%B8%A6sfws.jpg" width="300" height="448" />

それぞれのオフィスが入るブースはこんなかんじです↓
<img alt="HAPON%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%B9.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/HAPON%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%B9.jpg" width="300" height="448" />
ブースを借りずに、共用デスクやコピー機などのみを使える“オープンエリア会員”という制度もあるようですよ。
また、書道教室や、マッサージ師を招いてのマッサージサービスなど、楽しい企画も盛りだくさんのHAPONなのでした。

ノマドやシェアオフィスという新しい潮流の中にモダン着物で飛び込んでみた夜。すぐにお仕事につながるかは分からないけれど、幾つか面白い出会いもありました。さてさて今日も大都会東京で、頑張って生きて行かなければなりません！

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   <title>お茶会二日間の着物</title>
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   <published>2012-05-04T16:03:49Z</published>
   <updated>2012-05-04T16:36:52Z</updated>
   
   <summary>毎日バタバタと忙しく、なかなか日記も更新出来ない数週間でしたが、今日は久々にお着...</summary>
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      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[毎日バタバタと忙しく、なかなか日記も更新出来ない数週間でしたが、今日は久々にお着物日記を。
2週間前、駒場公園内の旧前田侯爵邸茶室にて、通っている教室のお茶会が2日間にわたって開かれました。その折に着たお着物のご紹介です。

1日目はこちら。
<img alt="%E7%AB%8B%E6%B9%A7%E3%81%BC%E3%81%8B%E3%81%97%E9%BA%97%E5%AD%90%E3%81%A8sfws%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E7%AB%8B%E6%B9%A7%E3%81%BC%E3%81%8B%E3%81%97%E9%BA%97%E5%AD%90%E3%81%A8sfws%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.jpg" width="400" height="300" />
立湧の地模様が入った光沢ある綸子に、若竹色とピンク色をぼかした色無地。母の嫁入り道具のうちの一枚で、母の実家の紋が一つ紋で入っています。ちょっとこの写真だとフラッシュで光沢が強く出過ぎているので、本当の色はもう少し下に出て来る別の一枚でご確認下さい。

ぼかしの色無地は、「小紋扱い」とおっしゃる方もあれば、「色無地と同等」とおっしゃる方もいて、どちらなんだろう？と悩ましいところですが、着物にうるさかった祖母が紋つきで嫁入り道具に持たせているところを見ると、当時は「同等」説が主流だったのかもしれません。（現在は「小紋扱い」と仰る方の方が若干多いような気がします）
そんなこんなで、家元席に参加するなどといった場合には控えた方が良いかも知れませんが、それ以外の場ならまあ大丈夫でしょう、と着てみました。帯は<a href="http://www.maya-fwe.com/4/000192_J.html">、<em>1月の日記</em></a>でもご紹介した初代・龍村平蔵の桐竹文様の袋帯です。

この日、私はお茶を点てたのですが、何と、昨年お仕事をご一緒して以来親しくさせて頂いている、「美しいキモノ」のスタイリスト奥泉智恵さんがお客様（当然お正客）に来て下さることになっていたので、本当にコーディネートに悩みました。
ちょうどこの頃、仕事もとてつもなく忙しく、奥泉さんに初代龍村を見て頂きたくて帯だけは決まっていたものの、着物と合わせてみる時間が全く取れない！前日夜に鏡の前にばーっと十枚くらい広げてあれこれ合わせてようやく決めた後、ああ、明日5時起きなのに…と半泣きで一枚一枚たたんで箪笥に戻したのでした…

ところでこちらは、席入り前、蹲で手を清めているところ↓
<img alt="%E7%AB%8B%E6%B9%A7%E3%81%BC%E3%81%8B%E3%81%97%E6%89%8B%E6%B0%B4%E9%89%A2sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E7%AB%8B%E6%B9%A7%E3%81%BC%E3%81%8B%E3%81%97%E6%89%8B%E6%B0%B4%E9%89%A2sfws.jpg" width="300" height="448" />
お客様が少ない回では茶席に入ることが出来、望遠で撮って頂きました。着物の様子が別角度から見て頂けるかと思います。

　　　　　　　　　　　　　＊

そして2日目は、こちらの着物です↓
<img alt="%E6%B4%8B%E8%8A%B1%E8%A8%AA%E5%95%8F%E7%9D%80%E5%85%A8%E8%BA%ABsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%B4%8B%E8%8A%B1%E8%A8%AA%E5%95%8F%E7%9D%80%E5%85%A8%E8%BA%ABsfws.jpg" width="400" height="300" />
<img alt="%E6%B4%8B%E8%8A%B1%E8%A8%AA%E5%95%8F%E7%9D%80%E6%89%8B%E6%B0%B4%E9%89%A2sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%B4%8B%E8%8A%B1%E8%A8%AA%E5%95%8F%E7%9D%80%E6%89%8B%E6%B0%B4%E9%89%A2sfws.jpg" width="300" height="448" />
祖母が文様から自分でデザインして型に起こし、染めた訪問着。たとうには懐かしい祖母の字で「洋花訪問着」と書いてあり、おそらく蘭の花では？と思うのですが、正確なことは祖母亡き今、分からなくなってしまいました。私と母は、ちょっと形が脳に似ているので、「脳味噌の着物」などと呼んでいますが…おばあちゃん、ごめんなさい…
この日はお点前がなく、水屋仕事が主なので気楽なものでした。
帯は、今年母が吉祥寺のふじやさんで買った河合美術織物の袋帯です。若干洒落の袋ですが、お点前もない日だし、いいかなと。上の写真だと真っ白な帯にしか見えないので、床置きしてお太鼓を寄りで撮った写真がこちら↓
<img alt="%E6%B2%B3%E5%90%88%E5%B8%AF2sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%B2%B3%E5%90%88%E5%B8%AF2sfws.jpg" width="400" height="268" />
…そう、この帯、作り帯なのです。母が年を取って手を後ろに回して締めるのがつらくなって来たので、最初から作り帯にして作ってもらいました。つまり、切ってしまったということですね。
「河合美術の新品を作り帯に…！」と私もふじやの番頭さんも一瞬絶句しましたが、でも、着物は着るためにあるもの。着ないで箪笥にしまっておくよりは、切ってもどんどん着た方がずっといいですよね。
文様は、押しで鹿の子文を表現した上に、金銀の筋が縦に入っています。前帯は、銀一本か金一本が横に出るので、好きな方をその都度出して締める形。ほとんど合わない着物はないと言っていいくらい、どんな着物にも合う万能な帯かも。これからも時々貸してもらおう…

　　　　　　　　　　　　　＊

今回、水屋で大役を仰せつかりました。お床のお花を生けることになったのです…！
私は、生け花は真生流でずっと習っていましたが、茶花と生け花では考え方が根本から違います。まだまだ一人で生けるのは到底無理なので、先生と奥様先生（先生の奥様）の両先生のご指導を頂きながら何とか生けた…という舞台裏です。
その成果がこちら。花材は山吹とこでまりです。携帯で撮ったら手ぶれしていて、お目苦しいのが申し訳ないのですが‥↓
<img alt="%E8%8C%B6%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%8A%B1sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E8%8C%B6%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%8A%B1sfws.jpg" width="300" height="400" />
今回生けてみて思ったのは、生け花だと「さあ、ここから！」というところで止めるのが茶花。そう言って良いのかな、と。生け花的には「えーここで止めちゃうの？」「もっと生けたいんで・す・け・ど」と未練たらたらくらいのところで止めるのがコツのように思いました。

それにしても、基本になる花型は生け花だろうが茶花だろうが、やはり日本のものは共通しているし、最後、全体を整えるときに先生方と、「この花一つ取りましょうか」「あ、でもここでしょうか？」と迷うところは、やっぱり「うん、そこだね」「そうそう、そこでもいいね」と同じ意見なのが何とも…ああ、和！
そう、和の美意識は、一旦どこかで会得すれば全ての視覚的な和の芸事に共通なのですよね。もう本当に嬉しくなってしまいました。
ああ、お花もやっぱりとても楽しい。ちょうど生け花の師匠からも「マヤさんはどうしてるのかしら？時々お稽古にいらっしゃいとお伝え下さい」と、母が最近お目にかかった時に声をかけて頂いたそうなので、またちょくちょく通ってみようと思います。

そんなこんなで、二日間のお茶会はめくるめく間に過ぎて行ったのでした。
お稽古仲間も素敵な方ばかりで、お茶に関する何もかもが楽しくてたまらない毎日なのであります！

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   <title>日々雑感と、中国・薄熙来事件</title>
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   <id>tag:www.maya-fwe.com,2012://4.206</id>
   
   <published>2012-04-18T19:58:09Z</published>
   <updated>2012-04-20T08:43:11Z</updated>
   
   <summary>進　こんな私のつたない日記を必ず読みに来て下さる方がいてとてもとてもありがたく、...</summary>
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      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[進　こんな私のつたない日記を必ず読みに来て下さる方がいてとてもとてもありがたく、なるべく週1回は更新したいと思っているのですが、今週は何だか忙しく、まとまった日記を書く余裕がありません。そこで覚書日記を。

　そもそも何故こうも毎日がばたばたしているのか、その理由を考えてみると、

<strong>1　仕事がそこそこ忙しい</strong>
ありがたいことです‥。

<strong>2  お茶が忙しい</strong>
実は今週末、通っている教室のお茶会があり、私も薄茶を点てることになりました。そのため毎日1～2回、自宅の和室にて最初から最後まで通しで点前の稽古をしています。
そして通し稽古の後は、苦手な部分のみを繰り返す割り稽古。あっと言う間に1時間は過ぎてしまいます。更に稽古の後は道具を洗ったり乾燥させたりといった片づけ作業あり、これを一日2セットやっているとかなりの時間を消費するのですね。

<strong>3　家事が忙しい</strong>
私は独身で、両親が住む実家の別棟で“半一人暮らし”をしています。食事は基本毎日自分で作りますし、掃除洗濯、買い出しももちろん自分で。やはり家事に使う時間はバカになりません。何とか掃除をしないで生きて行けないものでしょうか‥。

<strong>4  薄熙来で忙しい</strong>
特に中国に詳しくない方でも、最近、「薄熙来」、この名前を耳にすることがあるのではないでしょうか？
薄熙来、はくきらい、中国語ではポー・シイライと発音します。中国の政治エリートで、将来国家主席になる可能性だってなかったとは言えなかった人物。ところがそのイケイケの彼に、今年2月大事件が勃発。それをきっかけに、中国政局のすさまじい暗闘が浮き彫りになり、現在目が離せない情勢となっているのです。
一体どうすさまじいのか？
それをしっかり書いていると何時間あっても足りないので残念ながら全てカットしますが、中国政治の実権を握ろうと、現在の国家主席である胡錦濤も含め、最上層部に君臨する数十名が日々押したり戻したりの権力闘争を展開しているのですね。
中国はやはり国が大きい。たとえば三人の組織で何かを伝えようと思ったら静かな声で語りかけても十分理解してもらえますが、それが百人の組織だったら、大声を出さなければ全員には聞こえません。そして後ろの方の人にもこちらの意志がしっかり伝わるように、何らかのパフォーマンスが必要となります。この例えと同様、中国は国がばかでかいが故に、全ての政治的振る舞いが日本とは比べ物にならないくらいの大きさに増幅されてしまうのです。
だから中国の現代史は、その巨大な増幅でわんわん耳がつぶれそうなほどの暗闘の連続でした。大躍進失敗、文化大革命、劉少奇失脚、林彪謎の死、四人組、華国鋒失脚、胡耀邦失脚、天安門事件、趙紫陽失脚…中国に興味のない皆さんも、このどれか一つくらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。
私が中国に興味を持ったのは、1996年。勉強すればするほど中国政治のすさまじさに圧倒され、しかしその全ては既に“勉強の対象”であって、自分が実際に目撃したものではありませんでした。
それが、今、目の前で、間違いなく500年後1000年後にも歴史の教科書に記述され、繰り返し繰り返し映画や小説などの題材になるであろう、そう、おそらくロールプレイングゲームの題材にだってなるだろうすさまじい政治劇が繰り広げられているのです。現在進行形であり、明日は何が起こるのか予測がつかない状態。中国マニアとして、これにどうしようもなく心惹きつけられてしまうのはやむを得ないではありませんか！
…と言う訳で、日々ネットを検索し、中国語サイト、日本語サイト、英語サイトを渉猟。気がつくと1時間、2時間が経っているのでした。薄熙来で忙しい。笑いごとではありません…

…という訳で、相変わらずばたばたと日々を過ごしています。とにかく今週末でお茶会は終わるので、来週からは少し楽になるはず。薄熙来事件の鎮静化を望みますが、何しろ脇役だけでも、美貌の妻によるイギリス政商殺人事件、フェラーリを乗り回す甘いマスクの放蕩息子…と役者は十分。それに加えて、軍を動員したクーデター計画の噂、巨額の裏金海外送金、恐怖の文革時代へと回帰する意味不明の政治運動、数々の冤罪でっちあげ捜査、拷問、これまでじっと爪を隠していた胡錦濤の鮮やかな反撃…とすさまじい展開を見せています。来週も忙しくなるかも知れません…

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   <title>友の訃報</title>
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   <id>tag:www.maya-fwe.com,2012://4.205</id>
   
   <published>2012-04-10T11:30:47Z</published>
   <updated>2012-04-11T16:04:24Z</updated>
   
   <summary> 　友人が心筋梗塞で突然亡くなり、昨日、告別式に参列した。 　一時期、私はほぼ毎...</summary>
   <author>
      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="6%E5%BD%B1sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/6%E5%BD%B1sfws.jpg" width="400" height="269" />
　友人が心筋梗塞で突然亡くなり、昨日、告別式に参列した。
　一時期、私はほぼ毎週末クラブで遊んでいた時期――10年近い期間――があって、彼とはその頃に知り合いになった。「毎週末」と書いたが考えてみると当時はシーンが一番盛り上がっていた時期で様々な音楽的実験が東京中のあちこちで行われていたから、週末だけではなく、平日にもたくさん素晴らしいパーティーがあった。私は当時会社勤めで激務の仕事を終えて渋谷のど真ん中に借りていたアパートにぽんと仕事のバッグを置くと、深夜12時、1時から、歩いてすぐのクラブへDJたちの音を聴きに行っていた。そんな中によく彼の顔もあったのだ。
　私たちが集まっていたのは通称「小箱」と呼ばれる小さなクラブで、平日の夜だとせいぜい15人、多くてもたかだか30人くらいしか客は集まっていなかった。だからみんなが顔見知りだった。規模は小さかったけれど――実は後にそれはそこそこに大きなムーブメントへ成長して行くのだが――そこには最高に新しく、最高にレベルの高い音楽が流れていた。そして昼の時間に私たちを支配する金や地位とは一切関係のない、真の平等王国が開かれていた。大してお酒の飲めない私はせいぜいラムコークとかモヒートとか、そんなお酒を2、3杯道連れに、音楽に全身をひたしていた。翌朝にはまた10時にオフィスへと出かけて行かなければならないと分かっていても、睡眠時間を削ることを少しも惜しいとは思わない、絶対的な価値がそこにはあった。

　　　　　　　　　　＊

　葬儀の後、その“クラブ時代”の友人たちと食事に行った。色々思うところがあって今の私はほとんどクラブには顔を出さなくなっているから、私の中ではあの頃は“クラブ時代”と区分されているのだ――苦笑してしまうけれど。
　そしてその食事の席では誰がそうしようと決めた訳でもないのに、みんながぽつりぽつりと亡くなった彼の話題をリレーのように交代で話し続けていて、そこには当時のクラブと同じように、自由で“本当のかんじ”が流れているのだった。
　クラブに集まる人間の常として、どこかものぐさだったり適当だったり常識はずれな習慣を持っていたりするものだけれど、亡くなった彼にもその特徴はほぼ全てあった。だから私たちは彼のそのひどさを笑い、だらだらと共に過ごした時間をぼんやりと思い出し、どこにも着地点のない会話がいつまでもいつまでも続いていた長い夜や午後が切れ切れにそのとき私たちの座るチェーンレストランのテーブルの上に一瞬よみがえっていた。
　そして、そんな風にぼんくらそのもである癖にこれと思い決めた一点だけにはあきれるほどの頑迷さを示すのもまたクラブに集まる人間の常であり、彼も、譲れないその一点においては、アフリカの奥地の金鉱を開拓する商社マンにも劣らぬ情熱で未開の地を切り拓こうとしていた。ただ商社マンと決定的に違うのは、小箱のクラブに集まるような人間のやることには絶望的に金がついて来ないということだけなのだ。もちろん私たちは彼のその情熱的な一面についても語り合った。

　彼は、文筆を志していた。友人の一人が生前彼からもらったという分厚い原稿の束を持って来ていて、私が初めて見るその小説の題は『カシューとナッツ』というものだった。
　ぱらぱらと目を通すとカシューとナッツという二人の主人公が形而上的な課題の周りをぐるぐるダンスしているような、そんな話のようで、哲学科出身でヴィトゲンシュタインを崇拝する私は、こういうことはもう全て後期ヴィトゲンシュタイン思想によって完璧な形で成し遂げられてしまっているから、後から何をやっても無自覚の、色褪せたエピゴーネンになってしまうだけなのに、と言いたくなってしまうのだが、でも、文学は自由区域の楽市楽座なのだ。やりたいことをやる人を止める権利は誰にもない。それにもしかしたらそこからたとえ当初意図したものとはまるで違っていたとしても、新しい地平が開けることだってあるかも知れないではないか。

　一方、彼の棺には村上春樹の『風の歌を聴け』が納められていたことを私は思い出す。私には彼があの小説に出て来る鼠のように思えてならない。鼠もまた小説を書いていた。そして鼠が主人公の「僕」に1年に1度その原稿を送って来るように、彼もまた友人たちに自分の小説を配り続けていた。
　鼠は金持ちの家に生まれ、誰にでもやさしくそしてちょっと頼りなかった。彼もまた金持ちの家に生まれ誰にでもやさしくどこか頼りなく、けれど違っている点は、鼠は全く小説を読まなかったけれど彼は多くの小説を読み、そして、鼠は最後に一つの意志を持って死んで行くが、彼は突然落とし穴に落ちるように死に吸い込まれて行ったということだ。たぶん彼はまだ自分が死んだことを分かっていないのではないだろうか。

　　　　　　　　　　＊

　彼と最後にまともに話をしたのは3年くらい前だったと思う。
　季節は夏で、そのときですら私にとってはもう久々に訪れる場所だった青山のクラブで、明け方、店の外に置かれたぱっと見ベッド台のように見える変てこな椅子の上に座って話をした。彼は最近発見したという若い詩人のことを興奮して喋っていた。その人を世に出すためにzineを出すなど、出来ることを何でもしたいと言っていた（のちに彼はそれを本当に実行することになる）。
　また、別の日、それは冬のことで、畳敷きの居酒屋で開かれた仲間同士の忘年会の席で彼と話をした。そのとき、どういう話の流れでそういうことになったのかまるで覚えていないのだけれど、私が、「将来こういうものを書きたいと思っていて、今、こういう資料を読んでるの。いつか書けるといいんだけど」といったようなことを話すと、「書けるよ、絶対」と彼は即答してくれた。
　こういうとき、「そうか、頑張ってね」と答えるのが一般的だと思うし私自身もそうすると思うのだけれど、そのとき彼はそう即答し、そう断定した。それはやはり私にとってとても嬉しいことだったし、彼が何かを断言するのをそれまであまり聞いたことがなかったから、今でも強く印象に残っている。顔を見ると静かに微笑んでいた。

　この二つの記憶のどちらが先でどちらが後の出来事だったのか、今ではもう思い出せない。とにかく私の中にある最後の彼の記憶は、こんな風に、少し熱を帯びている。
　昨日、一緒に食事をした仲間の一人が彼の「いい顔の写真がある」と見せてくれた写真があった。「これがヤツの決め顔なんだよね」とみんなで覗き込んでちょっと笑った、そのいい顔を、最後の二つの記憶の中で彼は私に見せてくれていたのだ。その記憶は一生消えることはないだろう。彼に出会えたことを心から感謝して、心から冥福を、祈る。

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   <title>神の手を持つ男――世界的心臓外科医へのインタビュー原稿、掲載されました。</title>
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   <published>2012-04-05T12:43:40Z</published>
   <updated>2012-04-06T05:23:36Z</updated>
   
   <summary> 『チーム・バチスタの栄光』のモデルにもなった、日本が世界に誇る心臓外科医、須磨...</summary>
   <author>
      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/sfws.jpg" width="400" height="268" />
<img alt="_DSC3921sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/_DSC3921sfws.jpg" width="400" height="268" />
『チーム・バチスタの栄光』のモデルにもなった、日本が世界に誇る心臓外科医、須磨久善先生をインタビューした記事が、JALの機内誌『SKYWARD』4月号（国際版）に掲載になりました。

今では医学の教科書にも載るほどのスタンダードになった心臓バイパス手術法を発明し、また、難手術中の難手術であるバチスタ手術という新心臓手術法を日本で初めて成功させ、後にその改良術式を編み出し…その他にも、ここには書き切れないほど数々の世界的業績を挙げ続けて来られた須磨先生。
もちろん、体のどのような部位の手術も患者さんの健康を預かる重い重い責任を負っていますが、特に心臓手術は、1ミリレベルの手元の狂いがそのまま命に直結する恐ろしさと背中合わせだということを、今回、取材前の資料読みで戦慄とともに理解しました。
先生はその手術を5000回近く行われ、それはつまり、その5000回の全てにおいて、人の命と死のそのぎりぎりの淵に立ち、命の側に引き戻す、そんな、私には到底、1度でも行うことが難しいような責任と闘い続けて来られた方なのです。
しかも、ただ心臓外科医であるだけで偉大なことだと私などは思うのに、先生はそれだけでは満足されず、もっと多くの患者さんを救いたい！と、常に新しい術式、新しい概念の病院、新しい医学普及の方法を模索され続けて来ました。そして今また新しいクリニックを設立し、驚くべきことに今回は心臓ではなく「再生医療」という新分野へ、六十代にして挑戦を始められています（詳しくはインタビューにて！）。

　　　　　　　＊

もう私は資料読みの段階でどんどんどんどん緊張が高まってしまい、こんな偉大な方に一体私などが本当に良いインタビューが出来るのか？と、当日は決闘会場にでもおもむくような心境でした。（きっと電車の中では悲壮感がただよっていたと思います。何しろ緊張のあまりコートにクリーニング店のタグをつけたまま電車に乗っていました！もー誰か声掛けてよー！）

しかし実際にお会いした先生は、天才ならではの圧倒的なカリスマ光線を放ち、そう、人間は、たとえばダイヤモンドがきらきら光っているとそれで手を切ってしまうかも？などとは考えずに思わず近づいて行ってしまうように、緊張も一瞬のうちに吹き飛び、「この人とお話ししたい！」そんな気持ちでインタビューをさせて頂きました。
そして帰り道、私、編集長、フォトグラファー一同、全員須磨先生ファンに。その後編集長とランチに行ったときも、気がつくと1時間くらい、熱で浮かされたように須磨先生の話をしていたほどでした。
そんな渾身のインタビュー、JALに乗られると席の前のポケットにある、あの機内誌に載っています。ゼヒ読んで頂けたらと思います。

　　　　　　　　　＊

今回、先生とお会いして一番感動したことは、先生のご努力、先生の圧倒的な才能、その全てが、「人に喜んでもらえると、自分が嬉しい」そんな、幼い子どもと全く変わらない素朴な喜びから生まれているということでした。
その、単純で、純粋で、もしかしたらすれた大人ならふふんと鼻で笑ったりするようなたった一つの想いが、多くの人の「命」を本当に救い、圧倒的に人々の心をつかみ、医学界に新しいムーブメントを起こし続けているのです。自分の仕事の進め方、生き方について、改めて見直すきっかけになった須磨先生との出会いでした。
このインタビューの題は「A Good Heart」。JALで旅される方、ゼヒお読み頂けたら嬉しいです！

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   <title>大衆小説、その悲しい運命</title>
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   <published>2012-04-03T11:50:21Z</published>
   <updated>2012-04-03T16:12:14Z</updated>
   
   <summary> 古本屋をうろうろしていて、偶然、古い文学全集の中の一冊、舟橋聖一の巻を見つけた...</summary>
   <author>
      <name>Maya</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.maya-fwe.com/">
      <![CDATA[<img alt="%E8%88%9F%E6%A9%8B1sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E8%88%9F%E6%A9%8B1sfws.jpg" width="400" height="268" />
古本屋をうろうろしていて、偶然、古い文学全集の中の一冊、舟橋聖一の巻を見つけた。
以前、仕事で昭和高度成長期の文壇や世相について調べていたことがあって、そのときによく舟橋聖一の名前を目にすることがあったので、一度ちゃんと読んでみたいと思っていた。それで、固いケースに入っていたその本を引っ張り出して中を確かめてみると、『悉皆屋康吉』という中篇などが収められている。
“悉皆屋”というのは着物を着ない人にはなじみがない言葉かも知れないが、たとえば白生地にこちらの注文通りに文様や色を染めてくれたり、つけてしまった染みを取ってくれたり、或いはおばあさんにもらった着物のサイズが小さいので袖を出してもらう…そんな、着物に関するありとあらゆることを請け負ってくれる商売のことだ。着物好きの私としては、「これは買いでしょ！」とすぐレジへ持っていた。何しろたった105円だったのだし。

さて、帰宅して早速読み始めると、とても面白い。
大正後期のエログロナンセンス・和製デモクラシーの時代、世の中がやけっぱちに沸き立っていた騒々しいあの一時代から昭和の初め、戦争の予感が暗く漂い始める憂い深き時代までを、康吉という一人の若者が丁稚として悉皆屋の一番下から修業を積み、様々な人に出会い、影響を受けながら、やがて自分の店を構え、新しい色、新しい文様に挑戦するようになるまでの一代記を描いている。それが単に着物屋の一生物語ではなく、当時の世相とからめて書いているところに深みがあるのだ。物語は雪の夜で終わるが、これは恐らく、この瞬間、康吉の住む日本橋から少し離れた首相官邸や青山の高橋是清邸で、そう、二・二六事件が静かに進行しているのだな、と…そのように類推させる終わり方であり、何とも心憎い演出であると感嘆した。上質のエンターテイメントを読んだ喜びに、ほっとため息をついて本を閉じたのだった。

ところで、その後、舟橋聖一の作品を他にも読んでみたいと思い、105円で買った本の解説に書かれていた「夏子もの」と呼ばれる一連の作品群、夏子という芸者の人生を幾つもの短編で綴ったシリーズを読みたいと思ったのだけれど、アマゾンと日本の古本屋で探しても、一冊もない。この「夏子もの」は一つ一つの短篇の題が『フラ・フープする夏子』『寝もやらぬ夏子』『川開きの夏子』『キンゼイを読む夏子』『山茶花ただよう夏子』と、何とも美しく楽しいのでゼヒ読んでみたいのに！
そこで、図書館に行けばきっと「舟橋聖一全集」があるだろうと探してみたのだけれど、そもそも全集が出ていないようだった。
そしてまた、ちょうど舟橋聖一と同じ頃に一大人気を博していた小説家・川口松太郎の『夜の蝶』という非常に有名な、今でもキャバクラ嬢やバーのホステスを指して言うあの“夜の蝶”の語源となった小説（二人のホステスの華麗な闘いを描いた物語）を前から読んでみたいと思っていたのでついでに探してみると、これも図書館には所蔵されていなかった。それどころか、川口松太郎の本がほとんどないに等しいのだ。仕方なく帰宅してからアマゾンと日本の古本屋で『夜の蝶』を探してみると、恐ろしく高い値段、14000円もする古本が一冊あるきりだった。

　　　　　　　　          ＊

私は考え込んでしまった。
舟橋聖一と川口松太郎と言えば、一世を風靡した小説家で、今に例えるなら石田衣良や東野圭吾、宮部みゆきあたりに当たるだろうか。それが、没後まだそれほど長い時間が経っているという訳でもないのに、代表作を読もうと思っても、図書館ですら見つけられないのだ。
彼らの作品は、いわゆる“純文学”かと言われればそうではないだろう。純文学の定義は難しいが、ごくごくざっくりと言ってしまえば、文学上の新しい叙述法に挑戦しているか、或いは、哲学的問題を取り扱っているか、ということが大きくは基準であると言って良いのではないだろうか。
では、そうではない文学作品はどう扱われるのかと言えば、大衆小説、今の言葉ではエンターテイメント小説、と総称されている。読んでいると脳が痛くなって来る奇抜な叙述法も、深刻或いは不条理な哲学的考察もなく、しかし、社会や人生を深いまなざしで描いた上質な文学――そういう文学をいつの時代も人々は強く求めていると私は確信しているが、しかし、これらは普通純文学とは認定されない。あくまで“大衆小説”という範疇に分類されることになる。
まあ、分類などどうでも良い。一番大切なことは、読者がその小説を愛し、またいつか繰り返し読みたいと思い、人生の大切な同伴者になるかどうか、ということだろう。もちろん純文学の作品群の中にもそういう力を持った作品はたくさんあるし、同様に、大衆文学の中にも、あるということだ。その尺度をもってとらえるなら、純文学と大衆小説の間にどのような高低もないと、私は考えている。

　　　　　　　　　　　　　＊

ところで、冒頭で書いた仕事で昭和高度成長期の文学と世相について調べていたときに、いわゆる純文学に分類される文豪たちの作品をあれこれと渉猟することがあった。そこで気づいたことは、「ずいぶん低レベルな作品もあるな」という事実だったのだ。
たとえば川端康成など、何しろノーベル賞を獲っているのでばっちりと全集が出ているし、文庫でも中篇、短篇、様々な作品が絶えず発刊され続けている。しかし、例えば『古都』などを読んでみると、構成があまりにも雑で文体もそう練られているとは思えず、「これ、まだ下書きなのでは？」というレベルとしか私には思えなかった。
そしてよくよく文庫本の解説頁を読んでみると、何と川端本人が、「この小説は私の頭の調子があまり良くないときに書いたもので、文体とか色々いまいちなんです」などというようなことを、ぬけぬけと言い訳がましく書いているではないか！（だったら出すな！と私は言いたい）それでも一度“純文学”に認定されてしまえば、後生大事に扱われて、読者はいつでも手に取ることが出来るという訳である。今は川端だけを一例に挙げたが、他の文豪たちにも同様の低レベルの作品はたくさんあった。

　　　　　　               ＊

私は大衆小説というものに刻印された悲しい運命にため息をつきたくなる。
確かに大衆小説の中には吹けば飛ぶような作品も多いことは事実だ。また、内容には深みのある作品でも、文体の格がどこか低く、或いは浅く、そのぎこちなさに読み進めるのに一苦労するものがあることもまぎれもない事実ではないかと思う。特に平成以降頃からのエンターテイメント小説作家たちの文体の浅さ、或いは“語調の均整が取れていないかんじ”とでも言ったら良いのだろうか、それにはたとえ人気作家と呼ばれる人でも目をおおうほどのレベル低下があると思う。
しかし、例えば舟橋聖一の小説に、そのような文の乱れは一切存在しない。文体は淡々として格調高く、何の心配もなくこの作家の漕ぐ船に乗り続けていられる、と言う、ゆるぎない安定感のようなものが感じられる。それはおそらく、私が買った古本の解説に書かれていた事実と関係があるのだろう。その解説によれば舟橋聖一は十代の頃から膨大な哲学書と文学書（時に原書）を読みあさり、その文学的教養の上に大衆小説を書いていたということだ。最近たまたま有吉佐和子の傑作エンターテイメント小説『悪女について』を再読することがあったが、有吉佐和子の文体もまた、一つも難しいところはないのと同時に、語法、語調の均整は申し分がなかった。昭和期、大衆小説の黄金時代を築いた一群の作家たちの文学的修養は現在の作家たちとは比較にならないほど深く、その基礎の上に書かれた大衆小説=エンターテイメント小説は、だから、極上の喜びを私たちにもたらしてくれる。これを純文学ではないからと軽視して顧みないことは、あまりにも口惜しいことではないだろうか。

文学の本当の価値とは何だろう。
少なくとも私たち読者に出来ることは、したり顔の学者やら評論家やらによる総合的な作家評価（＝純文学認定）などは軽々と無視し、作品本位の評価を徹底する、そのことに尽きるだろう。目の前に繰り広げられた作品世界に、今、どれほど心奪われたのか、その奪われ方の強度のみを唯一の価値基準とすること。そして作家たちが私たちの心を奪うのにどれほどの技術を用いたのか、一作ごとに、その職人技のみを注視すること。
一つの救いは<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%82%89%E7%9A%86%E5%B1%8B%E5%BA%B7%E5%90%89-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%81%B5H-%E8%88%9F%E6%A9%8B-%E8%81%96%E4%B8%80/dp/4062900165/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1333455058&sr=8-2">舟橋聖一の『悉皆屋康吉』</a>が、講談社学芸文庫から復刊されているということだ。そう、私たち読者からの絶え間ない注視があれば、作品は必ず世代から世代を生き延びることが出来るのだ。
『悉皆屋康吉』、ぜひ読んでみて下さい。
(2行上の“舟橋聖一の『悉皆屋康吉』”をクリックするとアマゾンページに飛びます)

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   <title>『平清盛』は何故つまらないか？ 一視聴者の意見</title>
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   <published>2012-03-29T21:52:29Z</published>
   <updated>2012-04-01T17:53:33Z</updated>
   
   <summary>今年の大河ドラマ『平清盛』が大不評で、いよいよ視聴率が10パーセントを切るのでは...</summary>
   <author>
      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[今年の大河ドラマ『平清盛』が大不評で、いよいよ視聴率が10パーセントを切るのでは？と噂されている。
私は歴女なので、大河ドラマは基本的に大好きだ。去年の『江』はあまりにも脚本がひどくて途中で放棄してしまったけれど、その分、今年の『清盛』には期待していた。でも、確かに出来は良くないと思うし、視聴率が上がらないのも納得出来る。その理由を私なりに書いてみようと思う。

そもそも『清盛』が始まった当初、兵庫県知事が「画面があまりにも汚過ぎる」と文句をつける事件があった。現在の視聴率低迷も、この汚い画面作りが大きな原因ではないか？そんな意見も根強い。
でも、これは当時のリアリティを追究した結果であり、十二単や蹴鞠に代表される雅の世界を楽しんでいたのは特権階級の貴族だけ！庶民はぼろを着て京都の町も貴族の邸以外はおんぼろの小屋ばかり！そんな超絶格差社会への不満が武士の台頭＝つまり清盛の成功につながって行くのだから、<strong>ドラマの伏線作りとしてはとても正しい</strong>と思う。
それに、汚い画面は決して低視聴率の真の原因ではないのではないか。だって、思い出してもみてほしい。高視聴率だった一昨年の『龍馬伝』だって、しょっちゅう汚らしい男たちがボロを着て走り回っていたではないか。<strong>香川照之などそのあまりの汚らしさでかえって人気が出</strong><strong>た</strong>ことを、2年経って皆忘れてしまったのだろうか？

私は、このドラマの最大の敗因は、脚本だと思う。
脚本のどこがダメかと言うと、<strong>清盛が“天然ボケのいい人”にしか描かれていない</strong>ところが壊滅的にダメだと思うのだ。
そもそもこの時代と言うのは、信長や秀吉という、ゲームや漫画でもおなじみのあのキャラクターたちが登場する戦国時代よりは、マイナーな時代ではある。だから人物に感情移入がしにくいことは事実だ。
でも、日本人なら皆中学の国語の時間に、『平家物語』の冒頭の一節を朗読させられたはずだ。そう、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…（中略）奢れるものも久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」というあれである。
正確な意味は分からなくても、一度は「頂点を極めたゼ！」と奢りたかぶった者が、例えばバブル紳士のように、例えばホリエモンのように、いつしか歯車が狂って没落してしまうこともある。それが人の運命のはかなさだよね…このニュアンスは日本人なら誰でも、『平家物語』の一節からぼんやり感得しているはずだ。

つまり、特に歴史好きではなくても、日本人一般の心の中で平家というのは“一回は大成功した人”という共通イメージでとらえられているということだ。もちろん歴史愛好家にとっては、数百年間続いて来た貴族支配を打ち破り、初めて武家政権を作ったすごいヤツ、という認識でとらえられている。
そういう、“頂点を極めた人物”という共通イメージを、我々は無意識に現代の自分たちの生活に当てはめながらドラマを見ているはずで、それをNHKが全く忘れてしまっているように思えるところに、今回の敗因があるのではないだろうか？
どういうことかと言うと、ごく当たり前のことだが、<strong>政治経済で頂点を極める人間が“天然ボケのバカ”であることは有り得ない</strong>、ということだ。そのような人物はやはり人の心を読むことにたけ、権力の有り所に敏感で、どうやったらその権力を自分の元へ引き寄せられるのか、深く分析出来る知力を持っている。私たちは誰でもそのことを経験で知っているし、その経験を元にドラマを見ているということだ。
だから、たとえ子ども時代であっても、青春時代であっても、後に大きな大きな政治的栄光を手にする人物が、ただただ素朴でドジばかり、だけど憎めないいいヤツ<strong>であったわけがな・い・よ・ね！</strong>と突っ込みを入れたくなってしまうのだ。もっと若い頃から目から鼻に抜けるような権謀術数の片鱗が見え隠<strong>れしていたは・ず・だ・よ・ね！</strong>と。その突っ込みがつまり、継続視聴の放棄＝視聴率の低下につながっているのではないだろうか。

でも、ここまで書いていてはたと気づいた。日本の憲政史上、最も愚鈍な人物が総理大臣の座についた一時期があったことを。そう、“鮫の脳”と言われたあの人、日本人の忘れたい過去、森喜朗首相である。
まあ、あの方は各派色々な政治バランスの上で首相にまつり上げられたのだろうが、今の清盛の描かれ方だと、大人になるとあんなかんじ、<strong>森首相になってしまいそう</strong>なかんじなのである。一体誰が、森首相のおバカな青春時代を毎週毎週テレビの前に律儀に座って見たいと思うだろうか？NHKと脚本家は、この事実をよくよく考えた方がいいのではないかと思う。

　　　　　　　　　　　＊

もちろん、NHKだって脚本家だってずぶの素人ではないのだから、今までの回は汚い絵作りと同じく、ドラマに周到に張った伏線のつもりだったのだろう。清盛が少しずつ少しずつ成長して行き、貴族の世から武士の世へと政治体制が変わる大転換のあの時代、昨日の敵と今日は手を組むようなあの複雑な時代をしたたかに生きる男に成長する…1年間かけてそのドラマを見せるつもりだったのだろう。
<strong>しかしあまりにもテンポが遅過ぎる！</strong>見ている側の視聴者たちはスマートフォンのゲームで遊ぶ時代。原発がメルトダウンしてアフガニスタンやイラン情勢は一触即発、中国やらインドやらに追い上げられているこのめまぐるしい変化の時代に打ち出すエンターテイメントとして、あまりにもテンポが遅過ぎることを、よくよく恥じ入ってほしいと思うのだ。
もちろん、最初の1、2回くらいは、清盛が若気の至りで失敗ばかりしていてもいい。でも立派に一家を構えるようになった今も、<strong>毎回失敗しては→反省→でもまた失敗</strong>。こんな人、今の社会ならとっくにリストラされているだろう。
私たちはそんな話を見たいのではない。天然ボケの好人物のどたばた奮闘記なんて全く求められていない。求められているのは、複雑な時代を複雑な内面で生き抜いて行く、時に非情、時に悲哀をただよわせた、強く美しく知力に満ちた男の物語だ。それももちろんおとぎ話に過ぎないのかも知れないが、おとぎ話にも時代の要請というものがある。<strong>今の清盛の描かれ方は、時代のリアリティと全く呼応していない</strong>。NHKは画面作りのリアリティばかりに血道を上げるのではなく、肝心の主人公造形のリアリティにもっと心血を注がなければいけないと思うのだ。

　　　　　　　　　＊

ここまでは脚本について書いたが、実はキャスティングにも問題はあったのではないかという気はしている。
清盛を演じているのは松山ケンイチだが、私のような歴史好きが平清盛と聞くと一般的にイメージするのは、この彫像ではないだろうか↓
<img alt="%E6%B8%85%E7%9B%9B%E5%9D%90%E5%83%8Fsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%B8%85%E7%9B%9B%E5%9D%90%E5%83%8Fsfws.jpg" width="300" height="397" />
京都の六波羅蜜寺にある重文の彫像で、私も実物を見たことがあるが、痩せて神経質そう、且つ、底知れぬ恐ろしさを持つ雰囲気。全く<strong>マツケンの持つイメージ＝「いい人そう」とは異なっている</strong>。
そして、おそらく現実の清盛もこの彫像の方に近かったのだろうと想像してしまう。これも歴史好きなら誰もが知っている事実だが、清盛は決して一代でのし上がった人物ではない。彼の祖父と父が既に相当な財力と地位を築き、そのバックグラウンドの上に満を持して登場した三代目。そう、言ってみれば“新興財閥の御曹司”が清盛だ。小さい頃からそれなりに贅沢な調度に囲まれ、父たちは貴族社会に地位を築こうと画策していたのだから、和歌や有職故実をみっちり教え込んで、青年に達する頃には優雅な物腰が板についていたはずだ。
<img alt="%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%B4%8D%E7%B5%8Csfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%B4%8D%E7%B5%8Csfws.jpg" width="215" height="400" />
↑上の写真は、清盛が厳島神社に奉納したお経、「平家納経」（のごくごく一部）。これも平家と聞いたときに歴史好きが真っ先に思い出すものの一つだ。この絢爛！この華麗！歴史愛好家にとっての平家のイメージは決定的にこれである。
つまり、このドラマは、人物の内面造形の面でもリアリティがない上に、<strong>外見イメージも大きく清盛を離れている</strong>ことにひどくがっかりさせられてしまうのだ。現在、清盛のライバル源義朝を玉木宏が演じているが、彼の方が私の心の中に刻み込まれた清盛の外見イメージには近い。或いは、崇徳上皇を演じている井浦新、伊勢谷雄介なども良いのではないか…。
しかし、今さら配役は変えられないのだから仕方がない。役者には演技力という武器がある。清盛には瀬戸内海の海賊たちを束ねた強面の一面もあるのだから、マツケンには優雅と荒々しさを兼ね備えた、新たな清盛像を作り出してほしいと願うばかりだ。

しかし、それには何よりも脚本が変わることが必要だ。ここまで視聴率が落ちたのだから当初の計画はきっぱりと棄てて、<strong>清盛の成長を一気に早めるべきだと思う。</strong>周囲の知者たちに教わってやっと何かをなす清盛ではなく、自ら知謀をめぐらし、自らの手で時代を少しずつ動かして行く男。江もそうだったけれど、受動的な主人公ではなく、<strong>主体的な主人公を描いて見せなければ、現実に複雑な時代を生きている今の視聴者は全く魅力を感じない</strong>。
今回の脚本は『江』とは違い、清盛以外の人物はよく描かれていると思う。曲者揃いの脇役たちの中で、更に抜きん出て深謀遠慮のある人物として、清盛を悪とすれすれのきわどい線上を意志を持って歩かせる。そして「時代を切り開くためにはこうするしかなかったのだ」と視聴者にため息をつかせつつ納得させる。そんな、限りなく悪に近い男の魅力と悲劇を描き出すドラマに、変貌して行ってほしいと思う。

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   <title>巣ごもり中</title>
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   <published>2012-03-21T06:54:11Z</published>
   <updated>2012-03-21T16:41:36Z</updated>
   
   <summary> ここのところ、面白いけど難しい、難しいけど面白い、面白いけど難しい、難しいけど...</summary>
   <author>
      <name>Maya</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.maya-fwe.com/">
      <![CDATA[<img alt="%E6%A1%9C2012sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%A1%9C2012sfws.jpg" width="300" height="455" />
ここのところ、面白いけど難しい、難しいけど面白い、面白いけど難しい、難しいけど面白い…永遠ループな仕事にかかり切りになっていて、若干高倉健的に不器用な私は日記も更新出来ずにいます。
他のお仕事もほとんど断り、遊びの約束も、半年前から決まっていたお茶会を除き、全てキャンセル。かと言って、では一日中PCに向かって文字を打っているのかと言うとそうでもなく、何と言うか、演技をする人がその役になり切るためにそれっぽい衣装を着てみたりするのと同じように、目指す文体、目指す内容の気分に自分を持って行くことに、ものすごく時間がかかります。あちこちに出かけてしまうと、せっかく出来上がって来たその“気分”が壊れてしまうことが怖いのですよね。

そんな訳で、近所の吉祥寺まで食料品を買いに出かけたり、家の周りをちょっと散歩する以外、巣ごもりの日々。猫は私がずっと家にいるので嬉しそうですけれど！
昨日は少し遠くの公園まで足を延ばしてみたら、早咲きの桜が咲いていたので撮ってみました（上の画像です）。最近、写真を撮りたいという気持ちが湧いて来ないので、私の6台のカメラたちも埃をかぶり気味。メカニックのために良くないので、久々に一番の愛機Nikon FM3Aで撮ったものです。やっぱりフィルムはいいナー。これからは順繰りに愛機くんたちにフィルムを詰めて、少しずつ風景などを、無心に、撮って行こうと思います。
桜の花。早く春が来ますように、という願いを込めて。

そう、この仕事もあともう少しで完成出来るハズ。
かつて広告代理店に勤務していた7年間、誇張ではなく日々修羅場の連続だったので、仕事が大変なことはまったく苦ではありません。ただただ、私にこの仕事を出してくれている人たち――とても素敵な人たちなのです――その期待に応えられる自分であれますように、と、大きなプレッシャーを抱きしめながら言葉の世界に没入しています。
早く完成させて、美味しいお酒が飲みたい！ 

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   <title>スター　芸能界で生きるということ</title>
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   <published>2012-03-06T10:57:12Z</published>
   <updated>2012-03-06T20:22:04Z</updated>
   
   <summary> 最近芸能ニュースをにぎわせている或る女優さんと、7、8年前、まだ広告代理店に勤...</summary>
   <author>
      <name>Maya</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.maya-fwe.com/">
      <![CDATA[<img alt="%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BCsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BCsfws.jpg" width="400" height="268" />
最近芸能ニュースをにぎわせている或る女優さんと、7、8年前、まだ広告代理店に勤めていた頃にお仕事をしたことがある。この「にぎわせている」というのは思いやりある言い方で、実際には「今、悪い評判を取っている」と言うのが正しい女優さんだ。

私がお会いした当時の彼女はまだ芸能界に頭角を現し始めたばかりで、私が担当していた或る商品のCMに起用しようかという話が持ち上がっていた。かなり大型商品だったこともあって、衣装なども用意してオーディション形式でクライアントと会って頂くことになり、その準備の過程で彼女と何回かお会いすることになった。
結局そのCMでは、「まだどこか華がない」というぼんやりとした理由で別の新進女優を起用することになり、彼女が選ばれることはなかったのだけれど、まだ二十歳そこそこにも関わらず落ち着いて自分の意見を述べ、スタッフにも礼儀正しい、聡明な女の子という印象だった。
その彼女が今、多くの人々を失望させ、また困惑させている。その様子を見ていると、芸能界という世界の底知れぬ恐ろしさを感じずにはいられない。

芸能界では、「注目」という地域通貨と引き換えに、こちら側の世界で桁違いの金銭や優待手に入れることが出来る。二十歳そこそこの女の子がその力に幻惑され、落ち着きを失ってしまうのは当然だとも言えるだろう。
けれどその「注目」は、私が関わったオーディションで彼女が落とされてしまった時のように、ほんの少しの運命の匙加減で、やって来たりまた飛び去って行ったりする。代償に得るものの力が大きければ大きいほど、そのしびれるようなギャンブルの感覚は強まって行くのだろう。
そして、一旦「注目」が彼女のもとへやって来た後には、まるで影が本体を凌駕して行くように、「注目」の世界の中の彼女の像が圧倒的な命を持ち始める。影と体は決して一つになることは出来ない。光が強ければ強いほど、その乖離の感覚も強まるのだろうと想像出来る。それを持ちこたえるために、強い反対力が必要になることもあるのだろう。そして彼女は「壊れた」行動を取り始めることになる。
彼女はこれからどこへ向かって行くのだろう？
光の中で傷を負いながら、ぎこちなく歩く美しい横顔を限りない同情を持って見守っている。同情などという言葉を聞いたらもちろん彼女は、ふん、何言ってるのよと笑うのだろうけれど。

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   <title>言葉でお金を稼ぐ仕事</title>
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   <published>2012-02-28T08:19:09Z</published>
   <updated>2012-02-28T08:25:17Z</updated>
   
   <summary> 先週1週間、歯医者へ行くのと資料探しに本屋へ行く以外、どこへも出かけず家で缶詰...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="%E8%BE%9E%E6%9B%B8sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E8%BE%9E%E6%9B%B8sfws.jpg" width="300" height="448" />
先週1週間、歯医者へ行くのと資料探しに本屋へ行く以外、どこへも出かけず家で缶詰になっていた。何をしていたのかと言えば、130ページほどの或る書籍の構成書を作っていた。
今週は、先週と同様、歯医者さんへ行くのと資料探しで書店へ行く以外、家で缶詰になっている。仕事の内容は全く違い、今度は或る広告系の文章を作っている。
先週も今週の仕事も、相対しているのは男性の担当者だ。
書籍の方の担当者は清廉な儒学者のような人で、広告の仕事のクライアントたちはまるで維新の志士たちかと思うほど血気盛ん。この振幅はなかなかに楽しい。私はさしずめ男装で町を歩き回る戯作者。妙に人の心をあおり立てる名文の落書（らくしょ）を書けたら最高なのだけれど。
 
ところで、言葉に行き詰まると、いつも辞書を引きたくなる。
今はもちろん電子辞書の時代で私もふだんはそちらを使っているのだけれど、こんなときにはどうしてか紙の辞書が引きたくなる。類義語から類義語への果てしない旅。だからと言って魔法の一語は見つかる訳もなく、今度は歌を歌ったりビスケットを立て続けに10枚食べてみたり。猫が部屋に入って来てノートの上に陣取り、突然思いついてその猫の背中越しに一行を書きつける。でもすぐまた気に入らずに線を引いてしまう‥
 
けれど、そうして何時間かが過ぎるうちに、まるで眠っている間に親切な小人が出て来て書きとめておいてくれたように、何とかノートの上に数行が出来上がっているのだ。
一体いつ私はこの文章を書いたのだろう？
自問してみる。
とにかくこの文章がなくなってしまったら大変なのだから、そうです、これは私が書いたのです、と言ってしまおうと思うのだ。 

 
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   <title>お茶席に、貝合わせ文様の訪問着で</title>
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   <published>2012-02-22T10:07:33Z</published>
   <updated>2012-02-22T15:24:07Z</updated>
   
   <summary>ここのところ仕事が忙しく、日記の更新がままなりません。 そんな訳で少し前のことに...</summary>
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      <![CDATA[ここのところ仕事が忙しく、日記の更新がままなりません。
そんな訳で少し前のことになりますが、今日の日記では、10日ほど前、水天宮のロイヤルパークホテル内の茶室で開かれた、裏千家茶席に伺った日のお着物をご紹介します。
<img alt="DSCF1404sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/DSCF1404sfws.jpg" width="400" height="300" />
＊着物は、綸子地の訪問着。地紋は菊、文様には、貝桶と貝が描かれています。いわゆる「貝合わせ」文様ですね。雛祭りも近づいて来ていますから、男女の和合を表す貝合わせ文様は季節にふさわしいかなと着てみました。私の祖母が染めたものです。

＊お茶席に参加するときは、裾をやや短めに着つけています。立ったり座ったりが多いので、軽快に動けるようにするためです。

＊この着物の地色は、光沢があるとは言えグレーでやや地味なので、帯を派手にしてみました。立湧に桐竹が織られた袋帯。地色がオレンジなのでこれで着物がぐっと派手になりました。

＊着物、帯ともに本当は文様のアップの写真も載せたいところなのですが、忙しくてどうにもなりません。また着る機会もあると思いますので、そのときをお待ち下さいませ！

＊ロイヤルパークホテルの茶室は、5階屋上部分にあります。この日は造園家の友人も同じお席で、茶席の後一緒に庭を回り、石の種類や組み方など色々解説してもらいました。ビルの上にこれだけ多くの石を配したり背の高い木を植えるのは、ものすごく大きな荷重がかかるので大変珍しいことなのだそうです。（普通は、石を全く使わない庭園など、荷重を軽くする方向で考えるそうです）
全体的に、細部に渡り伝統をしっかり守って作られた良い庭園だとのこと。皆さんも機会があったらゼヒ見学してみてください。茶室の他に料亭もあるので、料亭利用でお庭を見ることも可能です。

＊この日のお茶席は、インターネットを駆使してお茶やお茶にまつわる日本文化の普及に向け、たとえば和菓子教室、香道一日体験、そしてもちろんお茶席などなど、多彩な活動を主催しているズキさん（←ハンドル名です）がご亭主。一つ一つ、ズキさんのこれまでの人生の歩みに沿った心のこもったお道具立てを拝見し、美味しい八寸やお菓子、お茶も頂き、大変素晴らしいお席でした。仕事に追われ、何と睡眠時間一時間で駆けつけましたが、正に東京都心の真ん中で、一息、凛とした静かな深呼吸の時間を頂けたのでした！

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   <title>美術館へ、江戸小紋に華やかな染め帯で</title>
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   <published>2012-02-14T06:58:37Z</published>
   <updated>2012-02-15T03:02:49Z</updated>
   
   <summary>先週2月8日から、日本橋の三井記念美術館で「茶の湯への招待」展が始まりました。 ...</summary>
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      <![CDATA[先週2月8日から、日本橋の三井記念美術館で「茶の湯への招待」展が始まりました。
国宝の志野茶碗「卯の花垣」と重文の楽茶碗「俊寛」が並んで展示されている‥というところでもう気絶もののこの展覧会。何しろ表千家の大パトロンだった三井家所蔵の茶道具ですから、名品しか出ていない、と言って良い内容です。
特に私は、以前ここの「霞」という銘の斗々屋茶碗を見たことがあって、」それがあまりにも素晴らしくて七回引き返して見に行ったほど！久々の再会に胸も弾み、1日前の7日、内覧会が開かれたので出かけて来ました。
その日のお着物はこちらです↓
<img alt="%E6%A1%9C%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%B0%8F%E7%B4%8B%EF%BC%8B%E9%B6%B4%E4%BA%80%E5%B8%AFsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%A1%9C%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%B0%8F%E7%B4%8B%EF%BC%8B%E9%B6%B4%E4%BA%80%E5%B8%AFsfws.jpg" width="300" height="400" />
＊黒地に小さく桜の花びらがおぼろに散っている江戸小紋。伝統工芸士・金田昇さんの作品です。
<img alt="%E9%B6%B4%E4%BA%80%E5%B8%AFsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E9%B6%B4%E4%BA%80%E5%B8%AFsfws.jpg" width="300" height="448" />
＊そして帯はこちら↑祖母が染めた江戸紅型の名古屋帯です。華やかな色合いで鶴、亀、松、竹、梅、霞文などが染め出され、見ているだけで楽しくなる一本。特に亀が雲の中で飛んでいるように見えるのが何ともかわいいのです。
渋い江戸小紋に載せるとちょうどいいバランス。今年はお正月から何度かこの組み合わせで出かけました。

＊この日の内覧会には、武者小路千家の若宗匠もいらしていました。紺の長着に同じ紺の羽織を羽織られ、手には白い布バッグ。水色で大きくハートマークがプリントされていました。かわいらしい組み合わせですよね！

＊展覧会は予想通り素晴らしく、仁清の茶碗でとても珍しいものも初めて拝見しました。楽のように見える黒いぼってりとした茶碗なのですが、縁に華やかに赤や金で鱗文様が描かれていて、その部分はどうも楽ではないように見えるのです。一体どうやって作ったのか…とにかくあんなお茶碗、一つほしい…

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   <title>大寄せの茶会に、松の小紋で～～少し地味な小紋を華やかな帯で若返らせる</title>
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   <published>2012-02-07T12:29:27Z</published>
   <updated>2012-02-07T12:33:38Z</updated>
   
   <summary>先週末、造園家（日本庭園）の恩田進さんにお茶券をご招待頂き、松戸・戸定邸「松雲亭...</summary>
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      <![CDATA[先週末、造園家（日本庭園）の恩田進さんにお茶券をご招待頂き、松戸・戸定邸「松雲亭」で開かれたお茶会に伺いました。その日のお着物は下の写真のように↓
<img alt="%E6%9D%BE%E5%88%BA%E7%B9%8D%E5%B0%8F%E7%B4%8B%2B%E8%9D%B6%E4%B8%B8%E7%B4%8B%E8%A2%8B%E5%B8%AFsfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%9D%BE%E5%88%BA%E7%B9%8D%E5%B0%8F%E7%B4%8B%2B%E8%9D%B6%E4%B8%B8%E7%B4%8B%E8%A2%8B%E5%B8%AFsfws.jpg" width="300" height="400" />
＊落ち着いた藤色の小紋は、飛び文様で松の文様が散っています。その松の表現の仕方は三通り。絞り、金糸、地紋で表されています。下の写真でご確認ください↓
<img alt="%E6%9D%BE%E5%B0%8F%E7%B4%8B%E6%96%87%E6%A7%98%E5%AF%84%E3%82%8Asfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E6%9D%BE%E5%B0%8F%E7%B4%8B%E6%96%87%E6%A7%98%E5%AF%84%E3%82%8Asfws.jpg" width="300" height="318" />
＊実はこの着物、またしても頂き物です。母の知人の方のお母様の遺品のお着物。衿先に「三越」の小さな布が縫い込んであるので、三越で誂えたものと思われます。
藤色も様々ですが、この反物の色は大分渋め。これで地味な帯を締めれば七十歳のおばあさんになってしまうのがお着物世界です。そこで…
<img alt="%E8%9D%B6%E4%B8%B8%E5%B8%AF%E6%96%87%E6%A7%98%E5%AF%84%E3%82%8Asfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E8%9D%B6%E4%B8%B8%E5%B8%AF%E6%96%87%E6%A7%98%E5%AF%84%E3%82%8Asfws.jpg" width="300" height="448" />
＊帯を華やかなものにしてみました！桜の地に丸紋散らしで、丸紋の中には四季の花と蝶が織り込まれています。もちろん袋帯。これで年齢がぐっと若返りました。

＊松の文様は季節を問いませんからいつでも着られて重宝。しかもこの着物は表現が控えめで、でも金糸が入っていたり絞り技法を使っていたりと凝っているので、格の高いお出かけ着になります。もちろん大寄せのお茶会にもぴったり。
本当に素敵な着物を頂いてしまいました。これからもどんどん着て行きたいと思います！

この日のお茶会は、松戸茶道会のご主催。会場の戸定邸は徳川慶喜の弟・昭武の屋敷だった所で、茶室だけではなく、見事な邸宅と庭をお茶席の後に楽しむことが出来ました。
有力藩・水戸藩のお膝元だけあって松戸には旧家が多く、文化の香りが高いのだと聞いたことがあります。この日もたくさんの方がお茶会に参加され、流儀違いの私と連れの友人にもとても親切にして頂きました。
そして…小間で出されたすだ・しょううんという人のお茶碗がとても素敵だったのですが、帰宅後ネットで調べてみても全くヒットせず…。お正客様にご亭主が答えていらっしゃったのを、私が聞き間違えてしまったのでしょうか。京焼きの陶芸家のはずですが（おそらく江戸時代）、もしもご存知の方がいらしたらご教示くださいませ！

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   <title>今日はシックに。無地の紬に同じく紬の帯を</title>
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   <id>tag:www.maya-fwe.com,2012://4.195</id>
   
   <published>2012-02-02T12:21:03Z</published>
   <updated>2012-02-02T12:29:56Z</updated>
   
   <summary>華やか着物やはんなり着物が大好きな私ですが、先週日曜日はシンプルシックな装いで出...</summary>
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      <name>Maya</name>
      
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      <![CDATA[華やか着物やはんなり着物が大好きな私ですが、先週日曜日はシンプルシックな装いで出かけました。
場所は、祐天寺にある古民家を改造したシェアオフィス＆ギャラリースペース「下馬土間の家」。
そこで或る方と或る方をお引き合わせする‥というのがその日の用件だったため、私はあくまで脇役。控えめな装いにしてみました。
<img alt="%E8%8C%B6%E8%89%B2%E7%B5%90%E5%9F%8E%EF%BC%8B%E7%B6%BF%E7%B4%AC%E6%8A%BD%E8%B1%A1sfws.jpg" src="http://www.maya-fwe.com/%E8%8C%B6%E8%89%B2%E7%B5%90%E5%9F%8E%EF%BC%8B%E7%B6%BF%E7%B4%AC%E6%8A%BD%E8%B1%A1sfws.jpg" width="300" height="451" />
＊着物は、祖母の遺品の結城。焦げ茶一色染めの無地紬です。
厳寒の東京。真綿紬はほっこりと暖かく、さほど寒さを感じずにすみました！
 
＊帯は、太目の木綿紬糸で抽象文様を織り出したもの。
こちらは、母の知人の方のお母様の遺品を頂戴しました。
 
＊実は昨年、「マヤちゃん着物着てるんだって？うちの着物はどうだろう？」
と、二人の方からお着物を頂く機会に恵まれました。昨今はリサイクルショップが盛んですが、
「肉親が着ていた着物を見知らぬ人に売るのは嫌」
という方も結構いらっしゃるのですよね。
そんなとき、そう、チビで痩せの私の出番です。昔サイズの体型なので、何も伸ばしたり足したりせずそのまま着られてしまいます。実は2週間程後にも、もう一方からお着物を譲って頂く予定。
こうしてどんどん増えて行く私の着物ですが、大切な肉親の着物を頂くには一つの条件があります。
そう、それは、“大切に着ること”
これはバッチリ、日々どんどん活用している私ですので、元の持ち主の女性たちも天国できっと喜んで下さっていると思います。この日のコーディネートも気に入ってくれているといいナ。
 
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