MAYA from West End

Japanese/English/Chinese
EverydayTalk

<< Previous | Top | Next >>

私にとっての二つの場所

8月の半ばに北京から帰国して以来、毎日心が晴れなかった。写真を撮ったり、暗室に入ってプリント作業をしているときは良いのだけれど、それ以外の時間はいつもぼんやりと「中国へ帰りたい」と考えてしまう。毎日毎日、心が二つに引き裂かれているようでとても苦しかった。

日本は、私の国だ。言葉も100パーセント通じるし、社会の決まりごともよく分かっている。そして何よりも、たくさんの素晴らしい友人に囲まれて日々を過ごしている。私ほど友人運に恵まれている人間はいないのではないかと思うほどだ。アート、文学、音楽、哲学といった話題について、丁々発止と議論を戦わせられる友人。私の写真を応援してくれる友人。いつもあたたかく私を迎え入れてくれる友人‥彼らのことが、本当に好きだ。
そして私の傍らにはいつも、これ以上ないほど深い愛で私を支えてくれる両親がいる。年老い始めた彼らを置いて、他の国へ出て行くことなど私には到底出来そうにない。
‥それでも、心のどこか別の部分では、日本を出て行きたいと思っている。北京、上海、香港、台北‥、中国のどこかの街で暮らしてみたい。今、この国で私が持っているものの全て。それを全部捨てても良いと思うほどの輝きを、今年の夏、自分の目で見た中国は放っていた。

        *

‥そんな悩みが頂点に達していた2週間前、暗室で1枚の写真を焼き始めた。まだ広告代理店に勤めていた今年の春に撮った写真で、なかなか焼く気持ちになれず、待機状態になっていたものだ。
それは、以前から構想を温めていた「日本」という連作写真の最初の1枚で、友人の服飾デザイナーが仕事をしている姿を撮っている。私にとっては本当に本当に重要な1枚だ。

焼き始める前から、この写真を焼くのは難しいと分かっていた。どんな写真でも焼くのは難しいけれど、このシリーズでは1枚1枚の写真が、私の国、「日本」を表現していなければならない。しかもこれはその最初の1枚だ。一体どういう濃度で、どういう色味で、この写真の世界を作っていけばいいのだろう?
真っ暗な部屋の中で、音楽をかけて、時にはそのメロディーを大声で歌いながら引き伸ばし機の目盛りを睨み‥、いつもいつも暗室では気が狂いそうになるけれど、今回は特にその度合いがひどかった。途中で何かが顔に激しく当たり(定規?)、右頬を2cmほど切ってかなり出血もしたのに、何故怪我をしたのか、何が当たったのか、全く記憶がないほど写真の世界へ深く入り込んでしまった。

‥そう、その写真を焼きながら、私はやっとこの国と本当に向き合い始めたのだと思う。豊かな自然に恵まれ、長い歴史を持ち、世界でも最も発展した国の一つに数えられる私の祖国、日本。でも、この国の何かが、私を外の世界へ出て行きたいと思わせる。たまらなく私を息苦しい気持ちにさせている。何がそうさせるのだろう?中国にあって日本にないもの。それは一体何なのだろう?私は日本を、愛しているけれど、憎んでもいる。いや、愛しているからこそその欠点はより受け入れがたく、過剰なほど強く憎んでしまうものなのかも知れない。
日本とは何なのだろう?この国は一体何を奥底に隠し、どこへ行こうとしているのだろう?これから始まる新しいシリーズで、私はそのことを知りたいと思う。

        *

‥そうやって、その1枚を焼き終わったとき、この1ヶ月ほどの自分の悩みが静かに消えてゆくのを感じた。もちろん、中国抜きで、この先の人生を生きることは出来ない。でも、やはりまだ私には、完全に日本を離れることも出来ない。
日本と、中国。私にとっての二つの大切な場所。難しいことかも知れないけれど、二つの国の間を、いつもふらふらさまよいながら生きていけたらいいと思う。数え切れないほどたくさんの査証印が押されたパスポート。ぼろぼろのトランク。日本と中国、両方のラボで現像されたネガの束‥そういうものに、囲まれた人生。どちらの国にいても私は一人の人間、MAYAで、いつまでも二つの国を愛し続けていくのだと思う。




October 17, 2007 22:09
© 2011 Maya Nishihata
All Rights Reserved.