西端真矢

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映画『ANPO(安保)』 2010/10/08



本当は、今週の日記はお着物日記にするつもりだった‥‥のだけれど、日曜日にuplinkで観たドキュメンタリー『ANPO』がとても良かったので、レビューを書いてみようと思う。
http://www.uplink.co.jp/factory/log/003682.php

『ANPO』は、日本で生まれ、中学までを日本で過ごしたアメリカ人女性、リンダ・ホーグランド氏の初監督作品。ずばり、日米安全保障条約をめぐるドキュメンタリー映画だ。
私の日記を毎週楽しみにして下さっている読者の方々(←ありがとうございます!)の中にはあまり政治の話に詳しくない方も多いので、ごくごく簡単に分かりやすい比喩を使って説明させて頂くと、日米安保条約とは、憲法によって「軍隊を持たない」と決めている日本というこの国が、アメリカとの間に結んだ軍事についての契約だ。他国から、日本の主権を侵す軍事行為があった場合、日米は協同してこれと戦う。要するに、誰かが日本にケンカを売って来たら、アメリカ軍が必ず助けに行きますよ、という用心棒契約だ。

もちろん、タダで用心棒になってくれるお人よしがこの世に存在する訳もなく、その見返りとして、日本はアメリカに、本来日本のものであるはずの国土の一部を貸し出している。そしてその土地を、アメリカが軍事基地として使うことを認めている訳だ。この状態があまりにも普通になってしまったために、今やあまり疑問に思う人もいないが、でも、たとえば、もしも旅行に行って、フィリピン軍の基地がモンゴルにあったなら、或いはノルウェー軍の基地がイタリアにあったなら、かなりびっくりするのではないだろうか?自国の土地を他国の軍人が歩き回るというのは、本来、大変大変異常な光景のはずである。

しかもアメリカは、この日本の基地から、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして現在は中東との戦争に、続々と兵力を送り出している。これらの戦争は、ただちに日本の国益を、安全を侵すようなタイプものではないから、つまり、アメリカが巨大な軍事力を振りかざして発展途上国に戦争を仕掛けているのを、日本人は内心苦々しく思いながら、自分の身の安全を守るために、その後方支援をしている訳だ。
この状況をドラえもんを使ってたとえるなら、ジャイアンがしずかちゃんをひどくいじめているので嫌だ嫌だと思いながらも、自分の身を守るために、やはり見て見ぬふりをするしかないのび太くん。だって、スネオが攻めて来たときにはジャイアンに守ってもらうんだもん!現実を直視すれば、それが今の日本の姿であることは間違いない。

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『ANPO』は、この現実の姿を私たちに突きつける。アメリカ人だからこそ撮れた映画だと言ってもいいだろう。
もちろん、日本にも、この現実を改変しようという動きはいつもあった。基地のほとんどが集中してしまっている沖縄。その沖縄県民の方々から現在特に強く上がっている基地反対の声もその一つだし、そもそも憲法を改定して、自前の軍隊を持とうという動きも常にある(それはおそらく徴兵制につながって行くだろう考え方だ)。安保条約が結ばれたのは1951年だが、有効期間は10年ずつと定められていたため、1960年と70年には条約を延長するかどうかをめぐり、国中に「安保闘争」が繰り広げられた(70年以降は1年ごとに延長している)。

今回の映画『ANPO』は、特にこの1960年時の日本の状況を採り上げている。
この年、日本中に安保反対の激しいデモが起こり、その中では死者さえも出た。多くのアーティストがこの運動に共鳴し、数々の素晴らしい現代美術作品が残され、それでも安保条約は延長された。今はほぼ忘れ去られてしまっているこれらの作品群を『ANPO』の中でホーグランド氏は私たちに紹介し、また、作り手たちの直接の証言をも丹念に拾い集めている。更に、何故今それらの作品が忘れられてしまったのか?ということにも思いを馳せさせる。
実際、私は、横尾忠則と会田誠の作品を除き、それらの作品群の存在を全く知らなかった。石内都と石川夏生の写真作品は見ていたが、そこに安保問題との関連を読み取ることは出来ていなかった。それは、「アメリカ軍の基地が日本の国土にあって当たり前」という感性と、どこか底流でつながっている意識なのだろう(自戒を込めて)。

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ところで、日本とアメリカとの間のこの用心棒契約は、アメリカに絶対的な腕力があったからこそ意味があった。
ジャイアンを用心棒にして、のび太はぬくぬくとテレビゲームやファッションや漫画や音楽や自閉的アートや商売に精を出していれば良かったのだ。
しかし、ジャイアンが年を取って自慢の腕力にも老いが目立ち、一方、スネオがジャイアン並みに力をつけた現在。しかもそんなスネオ野郎が最近ではいつの間にか一人ではなく、空き地の中に何人も増えて来てしまっているのだ。こんな新しい空き地情勢の中で、一体のび太はどう振る舞っていけば良いのだろうか?しかもジャイアンはどうやらこの新しいスネオの一人に、多額の借金をして弱みを握られているらしい。この新しいスネオとは、もちろん、中国のことである。

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もちろん、ジャイアンの力はいまだにそれなりに強い。のび太に腕力がないことは明々白々なのだから、生きるための戦力として、用心棒契約を続けることに実際上の意味がある。けれど、この日、映画上映の後にホーグランド監督と歴史社会学者の小熊英二氏との対談があり、そこで二人が語っていたことには真実が含まれていると私は感じた。
それは、ジャイアンを信用し過ぎるな、ということだ。
「アメリカの内部事情はがたがたですよ。もうそんなに体力は残っていません」
「日本と中国の間に何かが起こったとき、中国の意を立てることの方がアメリカの国益にかなうと判断すれば、アメリカは、平気で、中国の言うことを聞けと日本に命じて来ると思いますよ」

まずは、戦後65年間、アメリカが日本に何をして来たのか。日本人はそれをどう受け取って、どう生きて来たのか。アメリカとはどういう国なのか。その現実をしっかり直視すること。
その上で、これからの難局をどう切り抜けて生きて行くのか?のび太が生き延びるための保険をジャイアン一人だけに掛けることが、果たして正しい選択と言えるのか?他にはどういう方法があるのか?この日、映画上映も座談会も満員の聴衆で埋まった会場からは、次々と熱い質問が飛び交い、たくさんの日本人がこの問題に真剣に向き合い始めていることを感じた。ドラえもんの力、生き延びて行く知恵を私たちの中に得るために、まずはこの映画を手始めにするのも良いかも知れない。

映画『ANPO』公式ホームページ
http://www.uplink.co.jp/anpo/
公式ツイッター
http://twitter.com/ANPO_jp

お着物日記は次に。今回は大島紬!