西端真矢

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「お着物の記 晩夏から初秋への装い」 2010/09/22



ようやく大きな原稿仕事が終わり、一息ついている今日この頃です。
何だかかなり廃人状態になってしまい、ぽつぽつと仕事の依頼が来ているにも関わらず、なかなか取りかかることが出来ません。今出来ることと言えば本を読むことと、着物について考えること。そして友人と出歩くことでしょうか。来週くらいからまたお仕事を頑張ろうと思っていますが、今は少し休みたい。そんな気持ちです。

さてさて、まだまだ暑いとは言え、少しずつ秋の気配も見えて来た今日この頃。最近着た着物をご披露したいと思います。
実は、最近、自分で着物を着られるようになりました。6月から着付け教室に通い、原稿仕事の合間に一人深夜稽古を続けた成果が出たのでしょうか?(←すごく良い気分転換になりました!)お太鼓と二重太鼓という二つの主要な帯結びが一通り出来るようになったのです。
‥‥とは言え、まだまだ着崩れたりお太鼓が大き過ぎたり、はたまた若干曲がっていたり衿の抜きが甘かったり‥‥と、とても完璧とは言えないのですが、とにかく自分で着られるようになったことは大きい!これからますます着物を着る機会を増やして行きたいと思います。

        ☆

さて、第一弾目のお着物。これは、8月の終りに着た取り合わせです。
この頃はまだ原稿仕事に追われて家に缶詰め状態だったのですが、或る夜、両親と近所へ食事に行くことになり、「もー毎日部屋着で原稿ばっかり書いていて気が滅入る!お着物で外出するーーっ!」と発狂、時間がないのに無理やり着付けて出かけました。
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*紺の紗(しゃ)という素材の着物。
紗は、下に着ている襦袢の色が薄く透けて見える生地です。
盛夏から晩夏にかけて、見る人への涼しさを演出します。

*無地ではなく、花模様が銀糸と赤い糸で織り込まれています(赤い糸は写真では見えにくいのですが‥‥)。実際に着て動いていると、時々銀と赤の色がきらっと閃き、なかなかにお洒落な着物です。

*帯締めと帯揚げは、単衣の時期からこればかり‥‥の、白の帯締めと帯揚げ。

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*帯は、絽の袋帯。秋草文様を刺繍で表現しています。
お着物の世界では、少し季節を先取りした文様を着るのがお洒落。この着物を着たのは8月の後半ですから、まさにピッタリの文様かと。

*この帯は、祖母か、或いは曾祖母が締めていたもの。かなり上等なお品かと思いますが、古くて布が弱って来ているので、ぎゅっと締めたときに中に折り込まれる部分が少し破けてしまいました。修繕して来年も締めるか、観賞用として保存するか‥‥悩むところです。

            ☆

さて、次の一枚は、先週着たお着物。
9月も半ばに入り、ぐっと秋の雰囲気を前面に押し出してみた取り合わせです。
お茶のお稽古に行った日と、それから、呉服屋さんのお得意様向け内覧会へ出かけた日に着ました。二日とも全く同じコーディネートで出かけてしまったのですが、会う人が違うからいいですよね。ふふふ。

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*赤・茶・紺の縞の紬。
これも、祖母の着物が入ったつづらにあったもの。祖母が亡くなってしまったため、どこで買い求めたのか?産地はどこなのか?全く分からなくなってしまいました。
‥‥が、丁度呉服屋さんの内覧会に着て行ったので、「これ、どこの紬か分かりますか?」と訊いてみたところ、恐らく塩沢紬ではないか、とのことでした。しっかりと織り込まれた、ばりっとした絹紬。粋な縞柄。とても気に入っています。

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*更紗文様の赤の袋帯。
これも祖母の遺品です。ほとんど締めた様子がない大変きれい且つおしゃれな帯で、着付け教室の先生も「この帯いいよね~。私好き~」と言って下さいました。自分の子どもを褒められたようで嬉しい。

*この帯は、呉服屋さんによると、紹巴(しょうは)という織り方だそう。とても柔らかくてしなやかな生地です。締めやすい!

*帯締めと帯揚げも茶系で統一してみました。

*赤の縞文様に赤の更紗文様‥‥こういう組み合わせって、洋服でやったらかなりキ印になってしまうと思いますが、着物だと全く違和感がないのが面白いところ。こういう取り合わせにどんどん挑戦していきたいと思っています。

           ☆

ところで、この呉服屋さんの内覧会。吉祥寺にある大好きな「ふじや」さんという呉服屋さんの創業七十五周年を記念して、吉祥寺第一ホテルで開かれたものでした。
私は母のお供で出かけたのですが、母もDNAが騒いでしまったのでしょうか?白のお召と黒の江戸小紋(現代的な江戸小紋で超素敵なのです~~)、そして江戸小紋の様々な文様を一つの帯の中に染め上げた洒落帯‥‥の三枚を購入。どれも私にもすぐ着られるものばかりで、喜びのあまり会場の畳で気絶しそうになってしまいました。

子どもの頃から日本舞踊を習い、日本美術史の研究者でもある我が母は、まあ日本美の通と言って良いかと思いますが、仕事が忙しかったり病気をしたりで、この10年ほどは着物からかなり遠ざかっていました。
‥‥が、私の着物熱中ぶりが次第に伝染。この秋からは母も着物道を復活させることとなりました。何しろ私が着付けの手伝いを出来るようになりましたしね!
父は、「牛に引かれて善光寺参り」と笑っていますが‥‥え?と言うことは、私が牛ってこと?でも、いいんです。母が着物にはまって帯やら着物やらをちょこちょこ買ってくれれば、私もおこぼれにあずかれるし、何より親子の会話も弾むというもの。
ますます着物道を突き進むことになりそうなこの秋です。

「給湯室で茶道を!」 2010/09/15



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今年の冬、確かお正月明け頃だったか、友人のピンポンダッシャーちゃんから撮影仕事の依頼を受けた。ピンポンダッシャーちゃんはバリバリのキャリアウーマンとして某出版社で編集者をする傍ら、プライベートの時間に、アートと社会運動を結びつける活動を幾つも主宰している。
‥‥こう書くと、何かとても小難しいことをやっている人では?と思われてしまいそうだけれど、彼女の活動の素晴らしい点は、アートと社会運動を「ユーモアによって結び付けている」という点で、人生で最も大切なことの一つは、ユーモアではないか?‥‥と常日頃思っている私にとっては、まことに賛同出来る活動ばかりなのだ。現代美術に詳しい方は、赤瀬川原平の活動を思い浮かべて頂くと、わりと近いのではないかと思う。(ちなみに6月16日の日記で書いた「クソ欧米ナイト」も彼女が主催する勉強会です)

さて、そんな彼女が新しいアート社会活動を始めると言う。「その様子を写真に撮ってほしい」という依頼なので、どんな活動なのかと話を聞いてみると、まず、活動の名前は「給湯流」。どの会社にも必ずあるあの畳一、二畳ほどの空間、給湯室。そこを茶道の茶室に見立てて、お茶を点てちゃおう!という活動だそうだ。
その心は、茶道というのはそもそも戦国時代、斬ったはったを日々繰り広げていた武士とその周りにいた茶人たちによって今の形に完成したものであり、明日は、明後日は、来月は、来年は自分は生きているか分からないという緊張した毎日の中で、一期一会の心で茶を囲んで向かい合い、もてなし合うことがその本質だった。
ところがそれがいつしか時を経て‥‥特に戦後の平和日本になってから、ただ細かいルールだけをやかましく監視し合う、おばさまたちの暇つぶし習い事へとなり下がってしまった。茶道自体は素晴らしいものであるはずなのに、このままでは、「人の所作と生活芸術の総合美」である茶道が衰退する一方なのではないか?給湯室を金持ち着物自慢ばばあたちから解放せよ!というのが給湯流の根本理念だというのだ。

ふーんなかなか面白い。
ところで、では、何故給湯室?という点は、現代の武士とは、ビジネスという戦場で斬ったはったを繰り返すサラリーマンでありキャリアウーマンでありOLである、と捉え、その戦場の真っただ中にある休憩空間・給湯室に着目(とても狭い点も茶室に似ている)。
高価な着物にわざわざ着替える必要もなく、仕事時間の服装のままで給湯室の床に座り、ポットや紙コップを使ってお茶を点て、ひととき一期一会を噛みしめよう‥‥それが給湯流の精神だというのだった。

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      *

非常に面白いと感じ、さっそく撮影を承諾した私だったけれど、困ったことに、茶道のたしなみがない。何かを本歌取りするとき、或いは何かのパロディーをするとき、その元になった歌を知らずにやるのでは大変浅はかなことになるのは自明の理である訳だから、これは一念発起して茶道を習わなければいけない、と思った。
そこでピンポンダッシャーちゃんに、「あまり厳し過ぎず、月に1度くらいのペースでゆったりとお茶を習える教室ってないかな?」と相談すると、幸い我が家からごく近い駅にピッタリの教室があった。
そして、最初の1回目は洋服で通ったものの、やはり(給湯流ではなく)伝統的な茶道は着物で学んだ方が所作をつかみやすいことが分かり、2回目からは着物で通うことにした。すると突然、曾祖母の代からの着物DNAが500年の眠りについていた休火山のように大噴火し、現在、一日最低3時間は着物のことを考えている‥‥という思わぬお土産もついて来たのだった。今やお茶はわりとどうでも良く、着物の方ばかりに熱中している私なのである!

      *

‥‥と、そんな私の着物熱は良いとして、その給湯流の公式ウェブサイトが七月の終りにオープンした。
http://www.910ryu.com/
この中に、私が撮影した写真も散りばめられているので、是非ご覧頂ければと思う。

また、給湯流は「トーキョーワッショイ」というサイトにも連載を持っていて、そちらは2週間に一度更新。
http://tkyw.jp/こちらには、私がデジタルカメラで撮影した給湯流の写真が時々アップされる。主に、給湯流独自の笑えるお点前ルールを紹介する写真が中心。給湯の理念が良く分るので、こちらも併せてご覧ください。

また、Twitter上にも給湯流のアカウントがあり、「RIQUE & NOBU & ORIBE」というのがその名前だ。茶道の大成に深く関わった五人、利休、織部、小堀遠州、信長、秀吉がフォロワーのツイートに絶妙のツイートを返してくれる仕組みになっていて、パンチが利いていてとても面白い。Twitterをやっていない私も、これだけのためにTwitterに入ってもいいかなと思うことさえあるほどだ。
http://twitter.com/910ryu
例えば、Hさんのツイート
「明日は海へ行く!」
に対してRIQUE & NOBUの返しは、
「おぬし、高麗の白磁器がごとく色が白いのじゃから、日焼けだけは気をつけるぞよ」(ORIBE FURUTA)
Mさんのツイート(ワールドカップ時)
「オランダ戦後半から見たいのに。気合いで仕事切り上げたのに電車止まった。乗ってる電車が止まった」
に対して、
「あせるでない!天下統一はこれからよ」(HIDEYOSHI)
Hさんのツイート
「野球部の先生がアウトローに投げろ!って中学生のおれたちに力説してた。汚くてもいいんだ、打たれなければ!」
に対しては、
「なかせてみよう!ホトトギス」(HIDEYOSHI)
‥‥って、面白いなー。
私も、「イ・ビョンホンかっこいい!」とか、「うーん今月お金ないけどあの反物仕立てちゃおうかナー!」などと呟くと、利休が「うむ、高麗物は非常に良い」とか、織部が「各地の大名様も、肩衝き一つのために散々御無理をなさっておりますからのう」などとツイートを返してくれるのだろうか?楽しそうです。

      *

さて、今日の日記に上げている三枚の写真は、給湯流の本サイトのためにフィルムカメラで撮影したもの。謂わば、作品としての給湯流写真だ。
モデルさんではなく、実際に営利組織に所属して、月曜から金曜まで電車に乗ってその組織へと通い、“現代のサムライ”として戦っている方々に、本物の給湯室で給湯流茶道を行ってもらった様子を撮影した。偶然にも美男美女が揃って見目麗しく、また、厳粛な中にも「何故こんな変な所で茶道を?」というおかしさも伝わる写真に仕上がっているのではないかと思う。

現在、給湯流では、給湯室を半日ほど開放して給湯流茶道を実践させて頂ける会社・事務所を募集中とのこと。ご興味のある個人、団体の方々は、ゼヒホームページ内の連絡先にご一報下さい。
給湯流がきっかけとなってお茶に興味を持つ人が増え、古来からの茶道が堅苦しいおばさま作法から解放され、のびのびと活性化したら‥‥本当に素敵だと思う。


(続けて、タイ・バンコクでの写真展のニュースもこちらに↓)

「タイ、バンコクにて『パブの中』写真展」  2010/09/15



今週末、タイ・バンコクにて私の写真展が開かれます。
昨年スチール写真で参加した映画『パブの中』の上映会&ティーチインに伴うものです。
バンコク在住のお友だちなどいらっしゃったら、是非お知らせください。

9月18日-19日 19:00~
於:NOSPACE GALLERY
tel:081-700-0322
入場料:200バーツ

『パブの中』上映、松之木天辺監督とのティーチイン、
ダンサーでもある監督のソロ・ダンスショーを含みます。

「夏を振り返る箇条書き日記」 2010/09/09



残暑一休みの昨日、今日、皆様息を吹き返されていることと思います。
私は七月の終りから書いていた某書籍の原稿、第一稿をようやく今週頭に書き上げ、今、編集部がその原稿を精査しているところ。ようやく小休止しています‥‥が、その間にも色々他の仕事関連でやらなければいけないことがあり、ほとんど休めない!!!しかも来週早々には第二稿執筆に向けての会議もあるし、そうすればまた家に缶詰めになることが目に見えているし‥‥あと2週間くらいはきつい日々が続きそうです。
それでも、何と言っても一番きつい、
“第一稿約280頁を一ヵ月半で書き上げる。
しかもノンフィクションなので、一つ一つの事実を様々な資料を参照して裏取りしながら”
という業界の常識を軽~く破った、全く正気の沙汰ではない坂を何とか登り終えたので、登山8合目までは終了。来週からの最後の2合登山に向けて、今日の日記では、この夏を振り返ってみたいと思います。
‥‥と言っても、毎日ちょこちょこと手帳に走り書きしていた数行メモの採録ですが‥‥

8月某日
今日の夜書く予定にしている或る事実の裏を取るために図書館へ。
ノンフィクションを書く場合、Aさんが「XはYです」と証言したから、或いは「Zの本にQと書いてあるから」と言ってそれをそのまま信用して書くのでは、お人好し、またの名をバカ丸出しになってしまう。必ずその事実が本当に正しいのかどうか、或いはかなり正しいのかどうか、別の資料を使って裏取りしておかなければならない‥‥という訳で、毎日毎日昼の間、私は図書館へ通うことになるのである!
あまりにも毎日図書館に通っているので、もう職員の人とも顔なじみになってしまった。私が本を積み上げて頁をめくっていると、巡回警備員のおじさんが遠くから、うんうんと微笑みながらうなずいている。何故うなずいているのかよく分らないけれど、たぶん、「今日も頑張ってるね」という意味なのだろう。ありがたく会釈をしてまた資料に視線を戻す。

8月某日
母がひそかに帝国ホテルへ向かう。某ブランドのお客様内覧会で、秋のコートを買うため。しかし、父に知られると「またそんなものを買って贅沢して」と色々面倒くさいことになるので、母と娘の間の固い秘密ミッションなのである。
夕方、母は巨大な紙袋を抱えて帰宅する。そのときちょうど父は外出していたので、とりあえず母娘二人で戦利品を吟味。すぐさま母の部屋へと隠匿する。適当な時期が来たらさも昔から持っているコートよ、という風に何気なく着始める作戦なのだ。父はからっきしファッションセンスがないため、膨大な母の洋服を覚え切れない、という点につけ込んだ巧妙な作戦だ。
しかし、母は自分の仕事を持っていて自分のお金で買い物をしているというのに、何故こうまでこそこそしなければいけないのか? けれど私ももし結婚していたら、きっとこそこそしてしまうだろう、とも思う。平和な結婚生活を維持するのは一大事業なのだ。

8月某日
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世間では向井理が大ブームのようだけど、私の胸キュン時計はまるで触れない。
それは何故かと言えば‥‥
それは何故かと言えば‥‥
頬がぷくっとしているから!!!

美しい男性の顔、その第一条件は、頬が細いことだ。そのように、私は確信している。もちろん、日常生活で出会う男性の頬がぷくっとしていても全く構わない。頬がぷくっとしている男性と交際していたことだってある。けれど、俳優として人様の前に出るなら、顔は適度に面長でなければならない。頬はこけ気味でなければならない。丸顔の男、ぷくっとした頬の男に主役を張る資格はない!!!以上!!!むきーっ!!!

8月某日
また図書館へ行く。私が通っている図書館は都内に幾つかあるが、この日行った図書館には名物おばあさんがいて、私は勝手に「昔話おばあさん」と呼んでいる。
いつも、何故か子ども用の閲覧スペースにいて、机の上に山と本を積み上げ、その本に埋もれて前かがみになりながら紙に一心不乱に何かを書き込んでいる。どうも本の一部を書き写しているようだけど本当のところはよく分からない。ほとんど白髪の髪は非常に長く、肌は皺だらけなので相当なお年のようだ。いつも長いスカートを履いていて、辺りに一切注意を払っていない。
もしも私が小学生で、「何か絵本読もう~」と図書館に行き山と積み上げられた本の隙間からこのおばあさんの顔を垣間見たら、心底恐怖を覚えると思う。まるで子どもの頃に読んだ怖い怖い日本昔話のようだ。おばあさんはもしかしたら昔話的原初恐怖を子どもたちの心に植えつけようとしているのだろうか?

8月某日
吉祥寺の外れに新しく出来たフレンチ・ビストロへ行く。ここのオーナーは漫画家の美内すずえ先生の旦那様だ。夏の間に何度か食べに行ったけれど、店の奥には大体いつも美内先生がいらっしゃった。女性の友人らしき人と楽しそうに話し込んでいて、私たちが店に入る前から話し込んでいる上に出るときにもまだずっと話し続けている。
「先生、お喋りしてないで早く『ガラスの仮面』描いて下さい!」
そう言いたくなるのは私だけだろうか。『紅天女』がどうなるのか気になるんです!速水真澄との恋の行方も気になるんです!みんなもうずっと待ち続けているんです!

8月某日
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母の着物が入ったつづらから浴衣が出て来たので、一日着て過ごすことにする。着物には脇の下に“身八つ口”があるから、風を体に通してくれる。思ったよりもずっと涼しく快適に過ごすことが出来た。
母は若い頃日本舞踊を習っていたので、この浴衣と帯はその稽古のときに着ていたもの。もしも私がこの格好で買い物にでも出たら、全く踊れもしないのに、「あら、花柳流の人ね」と物知りの人に勘違いされてしまうことになる。家の中でしか着られない浴衣なのだけど、着物で文章を書いていると何だか宮尾登美子先生にでもなった気がして、格調高い文章が書ける‥‥ような気がする。

8月某日
毎日あまりにも暑いので、冷たいものが食べたくなる。突然、小さい頃に食べたシャービックの味を思い出し、近所のスーパーに駆け込んで一箱買い求める。
牛乳と混ぜて1時間半ほど冷凍↓
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すぐ出来上がり↓
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こんなことでも気分が変わって原稿はかなりはかどるのです☆

8月某日
今書いている原稿とは関係なく、ずっと前から本にしたいと思って下調べを続けている或る件について、思いもかけず、某大学の教授(日本人)から貴重な資料が届く。信じられないような無償の助力に、自分の幸運と、人の縁のありがたさをしみじみと感謝せずにはいられない。
この件では、中国の研究者の方からも既に協力を申し出て頂いている。これらの方々の好意と縁を絶対に無にしないように、一そう厳しく精進してゆかなければならない。

8月某日
七年前に死んだ猫の命日。お骨と写真の前に大好物だった煮干しをお供えする。‥‥が、10分後に今の猫に発見され、食い荒らされていた‥‥
気を取り直してお刺身をお供えすることにする。今の猫はお刺身にまるで興味なし。猫にも色々味の好みがあるのだ。

9月某日
第一稿を書き終えた翌日、断続的に、夕方4時までこんこんと眠り続ける。途中ではっと目覚めると右手はタオルケットを丸くつかみ、何と、夢の中でまでマウスを握りしめて原稿を書いていた‥‥。「自分を褒めてあげたい」という言葉はどことなくみっともない気がしてあまり好きにはなれないけれど、この夏に限っては、そう呟いてみても許されるかも知れない。