西端真矢

ARCHIVE:

大量のお着物と茶道具を譲り受けて 2011/07/28



%E9%A0%82%E3%81%84%E3%81%9F%E7%9D%80%E7%89%A9%E9%A1%9Esfws.jpg
 先週、母が旧友とのお食事会から帰って来て一言。
「いいことあるわよ」
何と、そちらのお宅のおばあ様が所有していた着物と茶道具を私に譲って頂けるというのです。確か私と同世代の女のお孫さんがいらっしゃる筈なのですが、お着物はほとんど着ないし、おばあさまの着物はサイズがちょっと小さいし‥ということで、チビで痩せの私が、礼装用のやわらかものを除いた紬や、ちょっとしたおしゃれ着を多数譲って頂くことになりました。
 その頂いたお着物類の全貌を写したのが上の写真です。相当な枚数なのがお分かり頂けるかと思います。帯も、着物も、夏物も、羽織も、冬のコートも‥様々なものを頂き、ただただ感謝するばかり。

 そちらのおばあ様は、浅草の裕福な商家から嫁がれたということで、またセンスが非常に良いのです。白州正子の世界に通じるような選択眼で、帯や着物の柄が、今見ても全く古めかしくない。これからおいおい着たときにご紹介して行けたらと思いますので、楽しみにしていて下さい。
 実は、私自身は、白洲正子的趣味はちょっと‘かっこ良過ぎる’と言ったら良いのでしょうか‥もうちょっと華やかだったりふんわりした着物の方が好みです。祖母から受け継いだ我が家の着物全体が、そんな好み。だからこそ、我が家由来の着物に今回頂いた帯を合わせたり、頂いたお着物に我が家の帯を合わせたり‥なんてことをするといい塩梅になるかなと思っています。もちろん、時には思いっ切り頂いたものだけで構成して、白洲正子的コーディネートをするのも楽しいでしょうし。私の中の“着物遊びの国境”がぐんと広がった気がして、本当に嬉しいサプライズでした。

%E9%A0%82%E3%81%84%E3%81%9F%E6%A3%97%E3%81%AA%E3%81%A9sfws.jpg
 そして更にありがたいことには、そちらのおばあ様が使っていた茶道具も、「誰もお茶をやらないから」と一部分けて頂くことになりました。お棗や蓋置き、そして写真には写っていませんが、小振りのお釜まで頂いてしまいました。
 ああ、何と言うありがたいお話でしょう。我が家には棗が全然ないので、これから“棗貯金”を始めようと思っていたところでした。もちろんお釜などいつ揃えられるか‥とあきらめていたのに。これは、人生の流れが「茶道に精進しなさい」という道に来ているのだと思って、そして、素敵なお着物を頂いたことも、「着物の道にますます精進しなさい」という道行きなのだと思って、自分の美意識や、そして着物への知識をもっともっと磨いて行こうと思います(まあ、着物に関しては勝手にどんどん精進していたと思いますが☆)。
 或る着物好きの友人が言ってくれた言葉ですが、「着物は縁もの」。つながれた縁を大切に、毎日の中にみずみずしく生かして行けたらと思います。

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

被災地に浴衣をお送りしました(送り先情報付き) 2011/07/27



%E8%A2%AB%E7%81%BD%E5%9C%B0%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%B5%B4%E8%A1%A3sfws.jpg
今日、被災地に、上の写真の浴衣2枚、帯、帯締め、草履をお送りしました。

これは、NPO法人「きものを着る習慣をつくる協議会」が行っている、着物を通して被災地を励ます運動=「きもの支援センター」の活動に賛同したものです。
この団体では、既に陸前高田市・大船渡市で全国の皆さんから集められた浴衣を配布。配布当日は列が出来るほどの大好評だったそうです。

現在、8月2日の気仙沼市、8月3日の釜石市、8月13日~8月16日の「ゆかたでお盆を悼もう」活動で配布の予定があり、引き続き全国から浴衣や帯を募集されています。
送り先は下記になりますので、ご家庭で眠っている浴衣や帯がある方は、ゼヒお送り頂けたらと思います。

〒021-0054
岩手県一関市山目字境57-5
和夢 石森治様
電話とfax 0191-25-5616

「きものを着る習慣をつくる協議会 きもの支援センター」の当該ページはこちらです↓
http://npo-kimono.jp/?p=406
私自身が着物が大好きなように、被災地にも着物が大好きで、しかし震災によってほとんどの着物を失ってしまった方がたくさんいらっしゃるのだと思います。そして、特に着物好きではなくても、日本人なら夏は浴衣を着て過ごしたいですよね。ほんの一時でも、被災地の皆さんが浴衣を着ることで気分転換されることを願い、お送りさせて頂きました。
皆様も、ちょっと派手になった浴衣などありましたらゼヒお送り下さいね!

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

讃岐・保多織りの浴衣でお茶のお稽古へ~~夏の冷水点て 2011/07/24



*月一回のお茶のお稽古。今月のご案内には「浴衣でもどうぞ」とあったので、それなら、と浴衣で出席することにしました。お稽古の後に再度お道具など並べて撮影した写真がこちらです↓
%E8%97%8D%E6%B5%B4%E8%A1%A3%2B%E9%BA%BB%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AF%E5%B8%AFsfws.jpg
*今回の浴衣は、現在の香川県、江戸時代の讃岐国・高松藩に伝わる伝統織物、保多織り(ぼたおり)のものです。私はふだん母方の祖母から受け継いだ着物を多く着ているのですが、これは父方の祖母の遺品にあったもの。未仕立ての反物が、「保多織」と書かれた立派な紙箱に納められていました。おそらくどなたかからの頂きものだったのではないかと思います。今年の冬に押入から見つけたものを、夏になったので仕立ててみました。

*保多織りは、江戸時代には絹製だったようですが、現在は木綿で織ります。右のURLに→→ http://www.botaori.com/tokucyo.html 繊維の詳しい説明がありますが、独特の四角い織り目が特徴。軽くしゃきっとしていて肌にくっつかないので、特に夏に着るには良いと思います。現在は、着物地・浴衣地の他に、綿シャツ生地としても人気があるようです。

*浴衣の文様は、菊唐草。手作業の注染で染められているものと思います(ところどころかすれがあるので)。日本人なら夏はやっぱり、一枚は藍地の浴衣、着たいですよね!

*帯は、麻の薄いピンク色の名古屋帯。やや光沢のある鼠色の糸で草花が織り込まれています。綿レースの襦袢を着て足袋を履き、麻の半衿。夏着物としてのコーディネートです。

*私は江戸千家流でお茶を習っているのですが、毎年夏は、氷水でお抹茶を点てる「冷水点て」のお稽古が楽しみです(冷水点ては表千家にはないと聞きました)。風炉点前とは微妙にお点前の手順が違うので、なかなか覚えられないのが難点ですが‥‥しかし、冷たいお抹茶が何とも言えず美味しいんです!
上の写真でお分かり頂けるでしょうか?水指の蓋には植物の葉を使い、お茶を点て終わって帰るときには扇を蓋の代わりに置きます。見た目にも何とも涼やか。日本人の美意識って本当に素晴らしい!

*今回のお稽古で使われたお茶は、氷水点て専用の涼みどり(すずみどり)という薄茶でした。京都の柳櫻園というところのお抹茶だそうです。皆様ゼヒお試しくださいね。

%E3%81%8A%E8%8C%B6%E8%8F%93%E5%AD%90%E6%B6%BC%E9%A2%A8sfws.jpg
*お茶菓子は、青山の菊家さんのものでした。「涼風」という銘の、風鈴の短冊をかたどったお菓子。中に飴状の部分があり、食感も含めて本当に美味しいお菓子でした。強力お薦めです!

来月、八月は、お茶のお稽古は夏休み。点前を忘れないように、時々家で冷水点てをしてみたいと思います!

ブログランキングに参加しています。よろしかったら下の二つのバナーのどちらかをクリック下さい。
にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

白地の浴衣に会津桐の下駄をはいて 2011/07/19



先週木曜日、浴衣に下駄で、編集者との打ち合わせに出かけた日のコーディネートをご紹介します。吉祥寺で夕方から2時間打ち合わせをした後、別の友人も合流して中華を食べに行った楽しい夜でした!

%E7%AB%B9%E6%B5%B4%E8%A1%A3%2B%E8%B5%A4%E5%8D%9A%E5%A4%9A%E5%B8%AFsfws.jpg
*白地に竹文様の浴衣は、綿絽素材。(下の写真で文様と素材ご確認下さい)
帯は博多の名古屋帯をお太鼓に締めています。母が若い頃に散々締めたものなので若干薄汚れかかっているのですが、夜だから目立たないかな~と。こういうオーソドックスな帯、大好きです。
%E7%AB%B9%E6%B5%B4%E8%A1%A3%E6%96%87%E6%A7%98%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97sfws.jpg
*バックに写っているお店は、吉祥寺の和カフェ“おちゃらか”。 (お店の名前をクリックするとホームページに飛びます)
日本文化をこよなく愛すフランス人オーナーが、日本全国のお茶(煎茶)を集めているお店です。持ち帰り用に量り売りも行っています。
鯛焼きやそぼろご飯などお食事も美味しく、民家風のインテリアが落ち着くお店。吉祥寺っ子の私は大のお気に入りで、ちょくちょくお茶を飲みに出かけています。仕事の打ち合わせに使うことも多い一軒。

*上の写真でもお気づきかと思いますが、私は浴衣にも襦袢を着ています。どうも胸元が気になって落ち着かないので、「どうせ浴衣でも下着は着るんだし、それなら、下着を着ないで肌に直接襦袢を着て、その上に浴衣を着よう!」という方針で臨んでいます。特にひどく暑いということもなく、快適に過ごせています。
%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E6%A1%90%E4%B8%8B%E9%A7%84%2B%E7%AB%B9%E6%B5%B4%E8%A1%A3sfws.jpg
*下駄は、今年新調したもの。上記しましたように私は襦袢を着て浴衣を着るので、本当はそのまま足袋を履いて夏草履を履けば良く、下駄は必要ないのですが‥いつも草履のかかとを交換に行く吉祥寺ダイヤ街の履物屋・紅屋さんで、ふと棚にあった「会津桐」という商札に目が釘付けになりました。会津‥そう、ささやかではありますが、復興支援になるのなら!と購入を決めました。青の鼻緒は青海波文様。
「浴衣でも、襦袢を着た以上は足袋を履かないと‥」
と昔ながらの考え方の父も母も渋い顔ですが、足袋を履く・履かないで体感温度が1度は違うと思うので、この猛暑ですもの、今回は素足で出かけました。すーすーと夕方の風が心地よく、素足に下駄の外出がやみつきになりそうです。

*そうそう、白木の下駄は、履いた後木目に沿って荒塩で拭いておくと汚れが取れるとのこと。mixiのマイミクさんに教えて頂きました。実践してなるべく長い間履き続けたいと思います。

‥という訳で、猛暑の日々も着物生活満喫中。実は今年はもう一枚新しい浴衣を作りまして、そちらも別の日にご紹介したいと思います!

ブログランキングに参加しています。よろしかったら下の二つのバナーのどちらかをクリック下さい。
にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

おろしたての昼顔の小紋でお食事会へ 2011/07/12



先週末、今年作った昼顔文様の小紋でお食事会に出かけました。着姿の写真を撮ってみましたのでご笑覧ください↓
%E6%98%BC%E9%A1%94%E5%B0%8F%E7%B4%8B%2B%E8%8D%BB%E5%B8%AF%E7%9D%80%E5%A7%BFsfws.jpg

そして、全身写真だと着物の柄がよく分からないので、物撮りしたものを下にアップしてみます。昼顔の文様が見えて来たでしょうか?↓
%E6%98%BC%E9%A1%94%E5%B0%8F%E7%B4%8B%2B%E8%90%A9%E5%B8%AFsfws.jpg

更に寄ってみたのがこちらの写真です↓
%E6%98%BC%E9%A1%94%E5%B0%8F%E7%B4%8B%E6%96%87%E6%A7%98%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97sfws.jpg

この小紋は、「紗摺り」という技法で染められています。
紗摺りとは、型紙に網を貼った上で染める技法のこと。上の写真で、地の淡いグレーに白く網目がぼんやり乗っているのが分かるかと思います。これが紗摺りです。
更にこの小紋は、昼顔の文様を糊置きして別に型染めしています。結構手の込んだ小紋なので、本来ならとても高いお値段になるハズなのですが…、いつも行っている呉服屋さんが「マヤさんにもお母さんにもよく買って頂いてるから、特別に」と、驚くようなお値段で売って下さいました!きゃー!

呉服屋さんとのおつき合いは、「一軒に決めて何もかもそこで買う」という方もいれば、「あちこちの呉服屋さんとおつき合いして、それぞれの良さを見ることで自分の目も養って行く」という考えの方もいらっしゃる。どちらにも一理あって、どちらも良いと思います。要は自分の考え方次第。
我が家の場合は、前者です。一軒に決めることでこちらの好みをよく分かってもらえますから、「こんなのありましたよ」と反物の情報を無駄なくもらえるし、急ぎの仕立てを融通してもらうことも出来ます。お店の皆さんと家族のようなおつき合いになるのもとても楽しいものです。そして、時には今回のようなお得なこともある!そりゃあ、もしも私が商売をしていたら、いつも買ってくれるお客さんにはたまにはぐっとサービスしていいところを見せたいですよね。こういう嬉しいおまけを頂けるのは、一軒に決めることの醍醐味かと思います。

‥という訳で、とてもお安く手に入れたこの小紋。実は昼顔は夏の花の中で一番好きな花なので、それもとても嬉しくて。着用前に衣紋に掛けて眺めていると、ますますこの子が大好きになって行きました。
そんな小紋に今回合わせたのは、昨年もご紹介した、萩やすすきを刺繍した絽の袋帯です。祖母の遺品にあったもので、かなり古いのでいつ破けるかとひやひやものですが、ものはとても立派なお品。写真ではちょっと分かりにくいのですが、帯揚げには淡い朱鷺色の一枚を入れています。
帯締めは、道明。袷用のものをそのまま使っています。大富豪ではありませんから、夏の帯締めまで全色揃っていません。帯締めくらいはいいかなーと、結構袷のものをそのまま使っている私であります!

             *

さて、当日は、私が発足以来スチル写真を担当しているネオ茶道・給湯流周りの皆さんとのお食事会でした。中目黒のオーガニックレストランでお食事した後、二次会はクラスカへ。
このメンバー、さすが茶道活動に関係しているだけあって、全員が何かしらの和の道に励んでいます。男女併せた十名のうち、茶道を学んでいる人七名(うち、既に茶名を持っている方も一名!)、華道を学んでいる人二名、日本舞踊を学んでいる人一名(ちなみに名取)、雅楽を学んでいる人一名‥と素晴らしい顔ぶれでした。四十代前半二名、あとの七名は三十代というメンバー構成。これからは、「何か一つくらい和の技能を持っていないと恥ずかしいぜ!」と、日本全体がそんな風になって行ったら素敵だなと思います。

そうそう、クラスカでは、現在、上階のギャラリーでこけしの展覧会をやっているようでした(私たちは時間外で見られなかった‥)。お食事会メンバー中の日本美術に詳しい編集者の方によると、現在、こけしブームが来つつあるのだとか。
http://www.claska.com/news/2011/07/post_527.html
上のホームページを見ると何だか素敵なこけしがいっぱい。目黒方面に行くことがあったらゼヒ足を運んでみて下さい。

‥という訳で、新しい、お気に入りの着物で楽しいメンバーとのお食事会。充実の一夜でした!
ちなみに(全然関係ないけど)今日はイ・ビョンホンさまのお誕生日。私と同い年のビョンさま。おめでとうございます!!!時に年上に、年下に、そしてああ同い年だなあと思わされるような、いくつもの顔を持つビョン様。早く新作が見たい…!(全然関係なくてすみません‥)

さて今週はどんな着物で出かけましょうか♪

ブログランキングに参加しています。よろしかったら下記のバナーのどちらかをクリック下さい。
にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

大分の竹細工工芸を取材した原稿が雑誌に掲載されました【お仕事報告】 2011/07/07



skyward%E7%AB%B9%E8%AA%8C%E9%9D%A2sfws.jpg
お仕事報告の日記です。
JALの国際線機内誌「SKYWARD」7月号に、私の原稿が掲載されました。
タイトルは、「温故知新 New Tradition in Bamboo」。古代より日本有数の竹の産地であり、竹細工が盛んな大分の別府地方を取材。その長い歴史をご紹介するとともに、特にこの10年ほど、大分に若い竹細工職人が育ちつつある‥という新しい動きについてもレポートしています。
更に、伝統的な竹細工の技法と新しい工学技術を融合して、人にやさしい竹製車椅子を制作している或る家具職人さんをレポート。どうやさしいのかは、記事をお読み頂ければと思います。JALの国際線に乗られる方はゼヒ!

なお、この原稿は全文中国語で書いています。それに英訳が付き、二ヶ国語構成。冒頭の写真、誌面の上の段が英語で下の段が中国語で構成されているのが(ぼんやりですが)分かるかと思います!
そして、竹製車椅子職人さんのレポートでは撮影も担当しているので、写真の方もゼヒお楽しみください。
表紙はこんな涼しげなデザイン↓
skyward%E7%AB%B9%E8%A1%A8%E7%B4%99sfws.jpg
ミヤケマイさんのイラストが素敵です。
今月号は他に、押尾守さんのインタビューや東京アートカフェの紹介など、日本人が読んでも楽しめるラインナップです!

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村

小千谷縮で深大寺へ 2011/07/05



先週、母が「どうしても深大寺に行きたい」と言うので、平日の午後に二人で深大寺へ行って来ました。我が家からは車で20分くらい。子どもの頃は時々家族四人でサイクリングに出かけた深大寺ですが、大人になってからはごくたまに訪れるくらい。今回も10年ぶりくらいでしょうか。とても暑い日だったので、小千谷縮に半幅帯で出かけました。
そのコーディネートはこちら↓
%E5%B0%8F%E5%8D%83%E8%B0%B7%E7%B8%AEsfws2.jpg
昨年も同じコーディネートをご紹介しています。私は麻や木綿の着物はその日のうちにお風呂に水を張って足で踏んで洗ってしまいます(これ、涼しくて気持ちいいですよ!)。そうやって気軽に着られるので、ついつい出番が多くなるんですよね。
帯は麻の半幅。ちなみに襦袢は綿レース素材。半衿は、麻で楊柳風に皺の入った物を付けています。肌がポリエステル負けして赤く腫れることがあるので、襦袢はダンゼン綿派の私です。着姿はこちらに↓
%E6%B7%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA%E3%81%AB%E3%81%A6sfws.jpg
これは、本堂の裏の山を登って行く途中で撮りました。深大寺は奈良時代からある古刹なので、かなり広い土地を持ち、その中に小さなお堂が点在しています。生い茂った木々はどれも樹齢が長そうで、深大寺一帯が鬱蒼としているため周辺より温度は1、2度低いと思います。自然の力は素晴らしいですね。

深大寺と言えば、昨年は「ゲゲゲの女房」の舞台となり、とんでもない数の観光客が訪れたそうです。今はブームも落ち着いていますが、それでも平日にも関わらず結構な数の人を見かけました。そしてこんな茶屋も↓
%E9%AC%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E%E8%8C%B6%E5%B1%8Bsfws.jpg

そして参道のお土産物屋さんでは前の道にこんな風にきれいに打ち水をしていました↓
%E6%89%93%E3%81%A1%E6%B0%B4sfws.jpg
門前にはこんなかんじでお茶屋さんや陶器屋さんがずらっと並び、江戸時代さながらの街並みが素敵。名物のお蕎麦も美味しく、都心からすぐ行ける小さな素敵な門前町です。また遊びに行こう~っと。(国宝の白鳳仏像が東京国立博物館のブッダ展に貸し出し中で見られなかったのでリベンジを‥)


ブログランキングに参加しています。よろしければ下の二つのバナーのどちらかをクリックください。
にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

強い女の時代 2011/07/02



少し前の話になるが、友人が通っている日本武道の演武会を観に行く機会があった。‥と書くと、これまでの常識ではこの“知り合い”は男性だったはずだが、私の友人は女性である。
私の通っているお茶の教室に、他流派でありながら時々ゲストとして遊びに来る方がいて、その人がお茶を点てている姿を見ていると、流派の違い云々ではなく、何か一つ一つの所作が根本的に他の女性たちと違っている気がしてならなかった。ある日、お稽古の後の雑談の中で彼女が日本武道を習っているという話を耳にして、私は一人心の中で「それだ!」と合点が行ったのだった。

そんな彼女にお誘い頂き、私は演武会に足を運ぶことになった。実はこれまで周りに武道関係の習い事をしている人がほとんどいなかったので、こういった発表会を見るのは初めての経験だった。そして驚かされたのは、次から次へと道場中央に現れては武道を披露する門弟たちの中に、女性の姿がたくさんあったことだ。
棒術、縄術、合気道術‥どれも大変力が要りそうだし、何か一つの所作でも間違えたらとてつもなく痛い思いをしそうだ。それでも彼女たちは真剣な表情で一つ一つの演武をこなし、会が終わった後で聞いてみると、皆さん、昨日や今日習い始めた訳ではなく、5年、7年、10年以上と長年にわたって武道の稽古を続けているということだった。
ところで、こんな文章を読むと、意地悪な男性は「どうせそんな女はブスばっかりなんだろう?」と思われるかも知れない。或いは、岩のような巨体の女性を想像する人も多いのではないだろうか。ところがここの女性たちは皆普通にかわいらしく、職場にいたら上司や同僚男性社員の人気を集めそうな人たちばかりなのだ。うーんと私は考え込んでしまうことになった。

          *

私が考え込んだのは、何故彼女たちは強くなろうとするのだろう?ということだった。
確かにこの5、6年、雑誌やネットのニュースなどで「ボクシングを習う女性が増えている」という記事を度々見かけたことがあった。そう言えば近所の小学校の前を通り過ぎると、サッカーチームの練習に、男の子たちに交じって必ず何人か女の子がいるのが目に入る。時代は変わったのだなあと思わざるを得ないのだ。
私が子どもの頃は、いや少なくとも私の青春期までは、剣道を除いて、闘う競技は全て男性だけのものだった。それどころか――私の通っていたエスカレーター式の私立高校(共学)が特に保守的だったせいもあるかも知れないが――うっかり「私、料理下手だから」などと口にしようものなら、真顔で男子同級生から、「女が料理出来ないなんて有り得ないだろう?そんなことじゃお嫁に行けないよ。何とかしなよ」と注意されたり、女の子同士の間でも、秀才で東大を目指していた同級生の或る女の子のことを、「H子、東大なんて目指してどうするんだろうね?結婚出来なくなっちゃうじゃん」と陰口を叩いたりしていた。これはもちろん、女は日本の最高偏差値機関である東大になど進学して、男に勝ってはいけない、ということを意味している。

男は外で働き、女は家で細々とした家事をする。男に勝る女など存在してはならない。当時、男女雇用機会均等法が成立してキャリアウーマンも生まれてはいたが、一方で、保守的な世界の中では、昔ながらの男女観がまだ「常識」として堂々と語られていた時代だった。もちろん、その環境の中では、女が男のようなスポーツをすることなど想像の外にあった。
結局私はそんな凝り固まった環境に嫌気がさして、エスカレーター式に上の大学へ進学することはキッパリ拒絶することになった。女は全ての面で男性の下にいなければいけない、そんな思想は絶対に受け入れられなかった。私は自分の能力を使って社会の中で何かしらの場所を占めることが出来ると確信していたし、一日中家にいることになったら発狂してしまうだろうとありありと想像出来た。だから、私の考えとは全く違う思想を持った同級生たちとこれ以上一緒に過ごすことは出来ない、と思い、高校2年の終りに、外の大学へ出ることを決めた。そして即開始した受験勉強が奏功して運良く浪人もせず大学に入学し、卒業後はずっと仕事を続けて今の自分にそれなりに満足している。社会の中で仕事を通じてたくさんの人と接した経験から、男と女の間に、性別に由来する能力差など存在しない。あるのは個人差だけだ。その実感をますます深めるようにもなっている――
――そんな私でも、「体力」或いは「腕力」というレベルで男性と競おうとすることは、想像の範囲外にあった。マラソン、高跳び、水泳、格闘技‥女性がいくら努力をしても、体格や筋力による性差だけは乗り越えることは出来ない。現にオリンピックの記録を見ても、女が男に勝ったことなど一度もない。それに、別に勝つ必要などないではないか、と思っていた。現代は全てにおいて機械化が進み、力持ちの出番は非常に少ない。戦争ですら、どんどんオートメーション化・無人化されてボタンさえ押せ事足りるようになって来ているのだから、体を鍛える必要などない。要するに、腕力には社会的価値はほとんどなくなっている時代なのだ。だったら別にそこに挑戦する必要もないではないか。
女は男に守ってもらえるから強くなる必要はない――のではなく、強くなる必要がないから強くならなくても良い――そんな風に考えていた。でもどうやらそうは思わない女性もいるようなのだ。しかもその数が年々増えているようでもある、と、その演武会の帰り道にしみじみ思わされたのだった。

          *

ところで、時代がこのように変化して来ると逆に気になるのは、男性たちの反応だ。おそらく有史以来常に「強さ」への賛美や「強さ」への強迫観念と共に生きて来た男性たちは、このような「肉体的な強さを志向する女性たち」にどのような感慨を抱くのだろうか?

私はあるエピソードを思い出した。
私の友人の中に、ランニングに非常に真剣に取り組んでいる女性がいる。仮にその人をKちゃんとするが、Kちゃんからこんな話を聞いたことがあった。
或る時Kちゃんは、市民ランナー仲間と共にマラソン大会に参加した。全員がふだんから練習を積み、走ることには自信を持っているメンバーだ。中にXさんという男性がいた。また、Yちゃんという女性もいた。走って行くうちにこの二人は、トップ集団ではないけれど、真ん中辺りで二人で並んで走るようなレース展開になっていた。ゴールまではもうそれほどない。向こうに、最後の給水ポイントが見えて来た。二人とも体力には余裕があり、このまま問題なくゴール出来そうだった。するとそのとき、XさんはYちゃんにこう言ったそうだ。
「ゴールまで体力を維持するためには、あそこで給水しておいた方がいい。一緒に飲もう」
Yちゃんはなるほどと思って同意し、やや速度を落として給水ポイントへ近づいて行った。すると突然Xさんは猛烈に加速して、何と水には目もくれずゴールへ向かって一目散に走り去ったそうだ。一瞬呆然としたYさんはすぐに気づいた。ああ、Xさんは、どうしても私に勝ちたいんだ、と。女に負ける、或いは女と同タイムでゴールする、なんて、彼にとっては絶対に認められないことなんだ。だから、5秒でも、1秒でもいいから私より速くゴールインするために、こんな姑息な嘘をついたのだな、と。
「で、結局どうなったの?」
と私は聞いてみた。結局Yさんはその後何だかとてつもなく嫌な気分になってしまい、ペースを上げるでもなく淡々と走ってXさんより後のタイムでゴールインしたそうだ。もちろん、これは彼女の性格によるもので、中にはこういうことをされたら「なにくそ」と猛烈な底力を発揮して、絶対にXさんを追い抜こうとする女性もいるだろう。だがYさんは意気阻喪してしまった。もちろん、その後女性ランナー仲間にこのエピソードを「聞いて聞いて!」と話し、Xさんは卑怯者として女性たちの笑い物になっているのだが。
しかし、いかに男性が「腕力で女性に負ける」ことを恐れているかが、このエピソードからはよく伝わって来る。

Kちゃんも似たようなことを経験したと言う。
マラソンに取り組み始めたまだ最初の頃、男女入り混じったマラソン仲間が出来た。ある男性とは特に気が合って仲良くなり、楽しく一緒に練習をこなしていた。ところが、皆で出場したマラソン大会でKちゃんがその男性より速いタイムでゴールインした後から、突然よそよそしくなって以前のような友情関係は消滅してしまったのだそうだ。
このエピソードからも、「腕力」で女性に負けることがいかに男性のプライドを傷つけるかが、ひしひしと痛いくらい伝わって来る。「もう本当にがっかりしちゃったよ」と、Kちゃんは一人憤慨しているのだった。

          *

一方で、こんな男性もいる。
或る時、元自衛官の男性とお食事をする機会があった。現在は退官して全く別の仕事をしているが、予備役には登録しているので有事の際には出動に応じるという方だ(恐らく今回の東北関東大震災の後の救援活動にも召集されているはずだ)。がっちりとした体格で、いかにも強そうな男性だった。実際、色々と話してくれた自衛隊の訓練はとてつもなく過酷なもので、それに耐えられたこの人は、腕力についてはいわゆる「男の中の男」なのだなと思わされる人だった。

そんな彼と話が弾み、大分時間が経った頃、私はふと日頃から思っていた疑問を投げかけてみたくなった。それは、「女性兵士」という存在についてどう思うか、という問いだった。
ニュースで何度か見たことがあるが、イスラエルでは、女性にも男性と同様の徴兵制度があるという。また何もイスラエルまで目を向けなくても、日本の自衛隊の中にも女性自衛官が存在するし、テレビで見る中東派遣のアメリカ軍の中にはしっかりと女性兵士が混じっている。男性軍人として、こういう女性兵士の存在をどう思うのか?と訊いてみたかった。戦場で彼女たちは本当に役に立つのか?と。

彼の答えはこうだった。
自衛隊に入り、男性と同様厳しい訓練を耐え抜くことが出来る強い女性がいることを知った。もちろん、オリンピックなど、世界の本当の頂点の戦いになれば、女性が男性に勝つことは難しいかも知れない。でも、それは「世界の数十人レベル」の話だ、と彼は言った。それ以下のレベルを相手にするのであれば、例えば、俺がいくら頑張ったってマラソンで高橋尚子に勝つことは出来ないし、テニスで伊達公子に勝つことも不可能。柔道だって、谷亮子に勝つことは出来ないだろう。男だからというだけで必ず女に勝てる訳ではない、と彼はハッキリ言い切った。それはあくまで個人個人の身体能力差の問題で、女の方が男より強い場合など山ほどある、と。ああ、本当に「強さ」を究めた男の人は、こういうことを言うのだな、と私はとても感心して耳を傾けたのだった。

          *

「強い女」、或いは、「腕力でも男に勝とうとする女」について、今私が思うのはこういうことだ。
20数年前、高校時代の私が学校の同級生から「女はおとなしく」「女は家に」と押しつけられたときに強い反発を感じたように、「女は力では男に勝てない」と押しつけられることに、反発を感じる女性もいるのではないか、と。

例えば、Nちゃんという女性の友人がいる。彼女とは、私が上述の高校の同級生に反発して大学受験のために通い始めた塾で知り合い、今でも友情が続いている大切な大切な友人だ。
Nちゃんは、当時、読者モデルで或る雑誌に出たときに、有名なファッションフォトグラファーから「モデルになったらどうか」とアドバイスを受けたくらいの美しい女性だ。当然男性にもいつも人気があるが、その彼女が二十代になってから突然空手を始めて、「一体何故?」と当時の私はとても驚かされた。
また、Nちゃんは三十代になってからはマラソンにも挑戦を始め、才能があったのだろう、市民ランナーとしては非常に好記録をマーク。大阪国際マラソンなど、名門大会に市民ランナー枠で出場権を得るまでになった。もちろん普通の男性よりずっと好記録を出す。

ただ、彼女を見ていても、また冒頭でご紹介したお茶の教室で出会った女性にしても、そこには「何が何でも男を負かしてやる」とか、「潜在的に男性に対して強い恨みの感情を持っている」といった男性への対抗心は存在しない。現にお茶の彼女には旦那様がいるし、Nちゃんも結婚はしていないものの、これまでに素敵なボーイフレンドたちと幾人かつき合って来た。
そう、彼女たちにとって、「男性に対抗する」ということが「強くなりたい」ことの原動力なのではない。話はもっとごく単純で、彼女たちはただ生まれつきとても強いだけなのだ、と思う。別の言葉で言えば、持って生まれた身体能力が非常に高い。それは彼女たちの生まれつきの大きな大きな才能なのだ。
例えば、走り始めればすぐに好タイムが出るし、腕を伸ばす、振り上げる、体の向きを俊敏に変える‥いくらやっても疲れないし、自由自在に各部を動かすことが出来る。だったら、これをもっと複雑に、力強く、体系的に動かして術として身につけてみたい!と思うようになるのも当然のことだろう。そうやって、彼女たちの中に、武道を習ってみようという気持ちが生まれるのだろうし、マラソンに挑戦してみようという気持ちも生まれて来るのだろう。自分の中に何かの能力があったのなら、それは自分にとって「良きもの」として捉えられる。もっともっとそれを育ててみたい、どこまで出来るのかやってみたいと願うことは、人間の本性の一つであると言って良いだろう。
そして、その育てる過程の中で、同じ道を志す男性と出会うことになる。そのとき、先ほどの元自衛官の方が話していたように、或る男性の持っている身体能力が彼女の身体能力より下回っていることなど、実は、数限りなく起こり得ることなのだ。これまではそれを「男は女より強い」というざっくりとした共同幻想で覆い隠していたに過ぎない。

もちろん、こんなことは、昔の女だって気づいている人はかなり気づいていたのではないかと思う。私自身はたまたま握力や背筋力が学校の体力検査で学年一低かったくらいにもやし体力に生まれついたため、「女は男に体力の面ではかなわない」とぼんやり受け入れてしまっていたが、Nちゃんたちのように身体能力の高い女性から見れば、「いつも女が男より身体能力が落ちると決まっている訳ではない」と、自分の体を通して実感していたはずだ。
それでも、これまでの社会は女性が経済能力をなかなか身につけることが出来ない仕組みになっていたために、女たちは「そうそう、殿方はお強いのですよね」と、芸者や銀座のママ風の知恵でにこにこ笑って男を立て、生きて行く金を稼いでもらって来ていただけのことなのだと思う。自分で自分の金を稼げるようになれば、愛想笑いは必要なくなる。強い女はただ「強い」と、ありのままの自分を外に表すようになって来たのではないだろうか。
そう、2000年代になって急に女性の身体能力が向上した訳ではなく、強い女は昔から普通に存在していた。ただ、弱い女の芝居をするのを止めただけの話なのだ。

          *

‥という訳で、2011年の現在、或る一群の女たちはせっせとボクシングジムに通い武道場で汗を流し、フルマラソンやトライアスロンに挑戦する。男性が女性上司の下で働くことが話題になった時代がかつてはあったが、今ではそんなことはごく当たり前の風景になっているように、スポーツや武道で、そして町中でのケンカで、女が男に勝つことがあることも、当たり前になる時代が来るのかも知れない。勝つ方の女は精神的に楽だが、負ける側の男性は内心おだやかではないだろう。しかし、この流れは止まらないように思える。だとしたら男性は、「女に負けた」のではなく、「この人に負けた」という視点を持てるようになること。それがこれからの愛される男性の姿なのかも知れない。


☆ブログランキングに参加しています。よろしかったら下記のバナーのどちらかをクリック下さい☆
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村