西端真矢

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江戸っ子はどうやって災害とつき合って来たか――老舗主人が語る知恵 2011/06/06



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週末の土曜日、新宿伊勢丹で開かれたミニ講演会に足を運んだ。
お話をして下さったのは、江戸時代から四百年続く老舗「伊場仙」のご主人、吉田誠男さん。「伊場仙」はもともと紙問屋として日本橋に創業し、その後、扇子や団扇(うちわ)も販売、やがて版元として浮世絵の制作と販売も手がけるようになったという。
江戸時代。それはつまり冷房も扇風機もない時代である訳だから、人々は当然、夏は団扇や扇子を片手に街を歩いただろうし、浮世絵は当時のアイドル=歌舞伎役者や吉原芸者のポスター。要するに伊場仙は、ファッションアイテムとタレントグッズを同時に手掛けていた店ということになる。正に江戸時代の流行の中心に位置していたのだろう。

       *

さて、当日、そんな浮世絵や団扇のお話も色々お聞きしながら、「大震災直後」という今の時節にちなんだ江戸時代の人々の知恵についてのお話も聞くことが出来た。
と言うのも、伊場仙は創業以来何度も壊滅的な災害に遭い、それでもまた立ち直り事業を復活させて綿々と2011年の今に至る‥という、本物のしぶとさをお持ちの店(たな)だからだ。ご主人は「今回の地震くらいで、日本人よ、めげるな」という強い思いをトークショーで伝えようとされていたのだった。
そう、「徳川二百六十年の泰平」と言うけれど、実は江戸時代は大災害の連続だった。一つは、火事。明暦の大火、八百屋お七火事など有名な火事の他にも、無数とも言えるほど頻繁に火災が発生し、江戸市内ほぼ全焼も珍しくない。その上幕末の安政2年(1855)には安政の大地震が発生。このときも江戸市内は壊滅的と言えるほどの大打撃を受けたのだった。

しかし江戸の人々はたくましい。
まず、このような大災害に遭ったとき、商人は三日後から商売を再開する、というのが江戸の不文律だったという。店全体が焼け出されているのだから、もちろん売る物などほとんどないに等しい。それでも何かしらのものをかき集め、とにかく、焼け跡で売る。そして町の人々は自分も焼け出されてお金もほとんどないけれど、やはり何かしらその急場しのぎの店で買い物をする。お互い、見栄を張ってまた見栄を返す、骨の髄まで見栄っ張りのやり取り。でも、そうやって町に活気と経済循環を取り戻すという知恵を、江戸の人々は持っていたのだと言う。

また、安藤広重に『名所江戸百景』という浮世絵のシリーズがあるけれど、これは実は安政地震の直後に発行されたものなのだそうだ(伊場仙からの発行)。日本全国の人々に向け、「江戸はもうこんなに元気になってますよー!」とサインを送るための浮世絵だったのだとか。
‥‥実はそのときまだまだ江戸市内は震災の痛手から立ち直ることが出来ず、市内は至る所瓦礫の山だったのだそうだ‥‥けれど、広重の絵の中にはそんな姿は一切見えない。着飾った人々と美しく暖簾が下がった江戸の町々が描かれており、ここでも江戸っ子の、空元気に等しい見栄っ張りぶりを見て取ることが出来る。

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吉田さん曰く、この安政の地震の数年前には東南海地震が起きており、他にも、他地域の大きな地震との連動で江戸近辺に大地震が起きた例は数度あるとのこと。今後、東京で、大地震が発生する可能性は非常に高いだろう、と静かに述べられていた。
それでも、江戸の人々は、火事や地震は必ず来るもの、と淡々と生きていた。そしてそれが案の定やって来た後には、打ちひしがれたりせず空元気の見栄を張って、またすぐに力強く町を復興させた。そういう、昔の日本人が持っていた本物の力強さを失ってはいけない、と。

        *

着物が好きになって、日本人のかつての暮らしのことを勉強すればするほど、江戸時代というのは非常に高度な生活システムと、さりげなく、でも底知れないほど深い礼儀の体系を築き、そしておそろしく洗練された文化活動を人々がごく当たり前のように営んでいた時代だったことを思い知らされる。現代よりもすぐれた点が江戸時代の暮らしの中には数限りないほどあって、明治以降のやみくもな西洋崇拝によってどれほど多くのかけがえのない財産を私たちは失ってしまったのか‥と、そこに思い至ると思わず一人やけ酒でも飲みたくなってしまうほどだ。
しかし、嘆いていても仕方がない。
アメリカ・ヨーロッパの長期凋落、科学万能精神の限界(原発事故、液状化現象‥)‥そう、黒船がもたらした精神とその実践の本当の終焉を目の当たりにし始めた今、江戸時代の人々を見習って、空元気の見栄を張って前に進んで行くしかないのだろう。もちろん、江戸の人々がそうしていたように、自然を恐れ、自然を敬いながら。

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