西端真矢

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茶道とマニキュア 2012/06/14



 お茶を始めて一番楽になったことは、爪のおしゃれを気にしなくて良くなったこと。
 お茶を始めて一番淋しいことは、爪のおしゃれを気にしなくなったこと。


             *


 お茶をやらない方にはあまり知られていないことだけれど、茶道の世界では、マニキュアは厳禁とされている。
 確かに、心を込めて手ずからお茶を点て、また客の方でもそれを心を込めて頂く‥という、指先をきわめて口に近づけて行う行為には、華美なマニキュアは全くそぐわない。また、茶室という空間にもどう考えてもそぐわないのは自明のことだろう。
 だから、お茶の稽古でも茶会でも、指先は素であることが求められる。ぎりぎり、無色のトップコートまでが、何とか許容範囲の内側に入るだろうか。(しかし厳しい茶人の方の中にはNGを出される方もいらっしゃると思う)

 そんな訳で、茶道を始めて以来、爪のおしゃれからは一切遠ざかるようになった。
 もちろん、私は茶の師匠を目指している訳ではないから、毎日毎日稽古や茶会がある訳ではない。だからふだんは思い切り派手なマニキュアなりジェルネイルなりを楽しんで、お茶関係の活動の日だけいさぎよく落とせばいいんじゃない?‥という声が上がりそうだけれど、これがなかなかそうも行かないのだ。

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 お茶を始めると、何かとお茶会に呼ばれるようになる。それも、前々から日程の分かっているお茶会なら良いのだけれど、突然にご招待を受けることが案外多いのだ。来る予定だったお客様がお仕事の都合でどうしても来られなくなって、一名空きまして。マヤさん、いかがですか?‥そんなお声掛けを頂くことが少なくない。
 そしてそういった突然のお茶会ほど、「行ってみたいな」と思わされるお寺での開催だったり、ご亭主(お茶会を開催する人)が通人で、出るお道具が素敵そうだったり。或いは、和の道の大先達からのお声掛けで、これは断れないでしょう!というものだったりもする。もちろんそういった面白そうなお茶会=レベルの高いお茶会ほど、来ているお客様の目は厳しいから、当然、マニキュアをきらきらさせてなんて行ける訳がない。
 だから私はお茶の面白さがうっすらと分かりかけて来た頃から、爪のお洒落に関してはキッパリあきらめることにした。いつ、どんなお声掛けを頂いてもすぐ馳せ参じられるように、爪はいつも無色透明トップコート一本槍だ。

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 でも、これにはこれで問題がある。洋服のおしゃれをした時に、どこか物足りなさが残るのだ。画竜点睛を欠く、という古い言いまわしがあるけれど、まさにその言葉がぴったりと来る。目の玉が白いまま体だけが勇ましい龍のようで、好きな服を着ていてもどこか気持ちが落ち着かない。
 もちろん、女性たちがここまでネイルアートに凝り始めたのはここ10年くらいのことで、昔はみんなもっと素朴な爪をしていたし、マニキュアを塗らない人だってたくさんいた。だから、洋服にシンプルなネイルがそぐわない、なんてことは本当は全くないのだと思う。
 けれど、2010年代の、“今の、このかんじ”。
 これを完璧に追究したいと思うなら、やはり爪のおしゃれは欠かせない。ものすごくデコラティブなものではなくても、少し華やかに。或いは、少しスパイスのあるデザインで。無色の爪ではどこか淋しく、やはり、そう、龍の目が足りない‥

 そんな訳で私は、“今”の空気を体現した素敵な爪の女性を見るたびに心の中でため息をつきつつ、でも、茶道の楽しさも失いたくはないと思う。人生とはこんな風に、何かをつかまえればその代わりに何かを手放さなければいけないものなのだろう。
 それに、爪のことを考えなくて良くなってから、いかに自分が爪にとらわれ、時間を取られていたかを実感するようになった。忙しいスケジュールの合い間に無理やり時間を作ってネイルサロンに駆け込んだり、ネイルサロンの予約のせいで睡眠時間を削らなければいけなくなったり。サロンには行かず自分でマニキュアを塗る時だって、あと少しで乾く‥!という時にうっかり物に触れてしまって全てが台無しになった時の絶望感。これは日本中ほとんど全ての女子たちが経験したことがあるだろう。
 実は私はわりとマニキュア名人で、「これ、自分で塗ったんですか?」と、クラブなどで見知らぬ女の子に手を取られて質問されるほどの腕前だったのだけれど‥今ではそんな全てが思い出アルバムの中の1枚に変わってしまった。
 そう言えば結婚した友だちがいつか、「結婚して一番良かったことは、もう恋愛の駆け引きに神経を使わなくて良くなったこと!」と吐き捨てるように言っていたが、それと似たようなものだろうか‥。(違うかも知れない)
 とにかく私は、今、透明な爪で生きている。わずか1センチ四方ほどの小さな、小さな、爪。だけどその上には女の人生が、凝縮されている、と思う。


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