西端真矢

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出雲を旅して 2014/10/13



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 台風直撃の休日、東京もいよいよ雨脚が強くなって来ました。Facebookの書き込みを見ていると、今日は中止になったイベント事が多く、私も午後に早々と買い物を済ませ、家にこもって過ごしています。
 思い返すとちょうど一週間前の週末は、出雲での、おめでたく華やかな婚礼の様子がニュースを飾っていました。そのニュースを見て、昨年、出雲を旅した時のことをなつかしく思い出したので、時間の出来た今宵、綴ってみたいと思います。

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 さて、昨年の出雲旅行は、東京で知り合った友人の実家を訪ねて向かいました。
実は、“友人の家”と言ってもその家は当たり前の家ではなく、今回の婚礼でも大きな注目を集めている出雲大社の、その氏子総代を代々務める名家なのです。
 その家を手銭(てぜん)家と言い、家屋は、出雲大社のごく近く。毎年、神無月(出雲では“神在月”と言うのは有名ですね)に出雲に集まって来る、全国津々浦々の神様たちが大社までを通る、“神迎えの道”というこれもまた由緒深い道に門を構えています。
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 もしかしたら、出雲に旅行されたことがある方は、この手銭家の名前を聞いたことがあるかも知れません。と言うのも、手銭家ではその由緒ある敷地の一角に美術館を開館し、“手銭記念館”として、代々が集めた美術品を公開しているからです。その美術館の建物もただの四角い箱のような無粋なものではなく、江戸時代以来、代々が酒造りや米の貯蔵に使っていた蔵を改装した、“蔵の美術館”として知られています。
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 この手銭家の現当主の長女、手銭和加子さんと、私は東京で、お茶を通じて親しくなりました。何しろ日本美術好きの私、他の友人たちから、「手銭記念館には、主に江戸時代の素晴らしい美術作品が揃っているよ」という話を度々聞かされていて、いつか遊びに行きたいと願っていたのですが、ちょうど昨年、江戸後期の異端の絵師・曽我蕭白の屏風や、出雲独自の焼き物を展示する展覧会が開かれる時に、遊びに来てみる?ということになったのでした。
 その手銭記念館の様子を撮ったのが、上に上げた三枚の写真で、独特の黄色が楽しい“布志名焼き”や、蕭白、狩野派などの絵師による屏風などの収蔵作品(つまり、手銭家代々が集めた美術品)を見る他に、出雲という独特の土地で、江戸時代以来続く旧家のたたずまいを味わえることが分かると思います。何しろ手銭家には、大日本地図の測量に来た伊能忠敬ご一行、それから、出雲大社参拝に訪れた松江の殿様(松平家)も滞在していたのです!

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 ところで、この旅でもう一つ印象に残ったのは、東京育ちの私が日本のどこへ旅しても感じる“さびれて行く地方”という問題、この問題に、手銭さんという生粋の出雲人が東京と出雲を行き来しながら取り組んでいる、その真摯な姿でした。
 出雲と言えば“日本精神の故郷”と言っても良い、古代以来の由緒ある町です。けれどその出雲大社の門前町ですら、少子化やモータリゼーション、イオンに代表される巨大ショッピングモールの出現と言った、時代環境の変化の波にさらされずにはいられない。
 この5、6年ばかりは島根県全体で“縁結び”にテーマを絞って観光客を集めているため、大社門前の商店街自体はなかなかの活況を呈しているようなのですが、だからと言って、全国展開の土産物チェーンが経営するが似たような土産物屋ばかりが並んでいるのでは町としての魅力に欠け、リピーターは増やせないのだろうなと感じました。
 また、そのような外部資本導入によるにぎわいは、地元の人にとっては、本質的には、“見せかけのにぎわい”。その町に住む人が町や道を愛し、積極的に働くという、本当の意味での生き生きした生活は生まれないのだろうな、ということも、これは出雲に限らずどこの地方都市へ行っても、常に感じていることでした。

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 友人を褒めるのはどこか照れくささがつきまとうものですが、手銭さんは、私がこれまでの人生で出会った中で最も聡明な人の一人で、もちろん、私が上に書いたようなことなど、何しろ本当にその土地に根を持つ立場なのですから、もっと皮膚感覚のレベルで体得しているのだということを、私は旅の途中で思い知ることになりました。
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 私が出雲を訪ねた日、大社から真っすぐに伸びる一番の目抜き通りを案内して彼女がつれて行ってくれたのは、趣はあるものの、壁紙がはがれ、土間がむき出しになった古い町家。実は、手銭家が代々所有する建物で、この場所を、先ほど書いたような土産物チェーンに貸すことも出来るのですが――そしてそうした方が家賃収入はずっと高いのですが――そうはしない。やりたいことがあるのだ、と、出雲に住む人が「あの場所に行ってあれを買いたい」と思うものを売る店を作ろうとしているのだ、と、話してくれました。
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 あれから約1年半。
 その町家の現在の姿が、上の写真です。何もなかった土間には、今、巨大なパン焼きオーブンや什器が並び、何より、美味しいパンと、心を込めてそのパンを作る店主と、店員さん、そしてお客様がいます。
 お客様は、観光客ももちろんいらっしゃるのでしょうが、主体は町の人々であり、ここに素敵な、心と舌が躍る商品があるからやって来る。おそらくこれまでは「大社の前は観光客ばかりだから行かない」と、巨大モールに出掛けていた方たちが多く含まれているのだと思います。
 そう、こういう店が幾つもあることこそが、その町に住むことを楽しくするのであり、外へ向かう力の歯止めになる――といういわゆる地方活性化のための施策、思想を、御大層な標語ではなく最も美しくスマートなやり方で、実現しているのがこの店であり、私はその胎動の時期に店を訪ねることが出来たのでした。

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 お店の名前は、“ブーランジェリー ミケ”。主に出雲地域で育てた小麦粉を原料に使い、そのパンは作られています。
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 新作は、何とも出雲らしい“雲のパン”。出雲を旅したら、大社の帰りに、ゼヒ一つ買ってみてください。そして、手銭記念館で、出雲の土地から生まれた古美術品を眺めてみてください。
江戸時代には、身分の固定など負の側面ももちろんありましたが、地方ごとに独自の布や焼き物、生活雑貨が育ち、生き生きと花開いたことは、現代の日本よりずっと優れた点だったと思います。
  「東京のものがこの町でも買える!」ではなく、「この町にしかないものがここにある」ことこそが、これからの日本の歩むべき姿だと確信しています。日本で最も古くに栄えた町を旅して、未来の日本の姿を見つめた旅だったのでした。

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 最後に少しだけお知らせを。
 実は、今日の日記に書いたことは、この出雲旅行で見聞きし、感じたことの最もエッセンスの部分。出雲という、日本という古代以来の土地を歩くことで感じる地場の力や、大社門前町の明治以降の栄枯盛衰の物語、江戸時代の松江藩殿様の苦心惨憺たる貧乏財政再建秘話、そして、東京出身で、いわゆる“ふるさと”を持たない私自身の心の底にある“故郷希求”の思い――これらのことと、今日記した手銭さんの試みとを、古代―江戸―現代、出雲―東京という幾つもの軸で布を織るようにして書いたエッセイを、既に発表しています。
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  「Libertin DUNE」という不定期刊行のアート雑誌の、No.5エディションに発表した、「出雲 過去―現在―未来」というエッセイ。現在もまだ購入出来るので、良かったらお買い求めいただけたら幸いです(次の「」内をクリックすると、amazonページに飛びます→「Libertin DUNE No.5」)。

 ニュースによると、今日、出雲も雨に見舞われ、伝統の出雲駅伝も開催を見合わせたとのこと。それでも明日には晴天が戻り、大社通りには美味しいパンが焼き上がっているのだと思います!

手銭記念館(現在は、「江戸力」展開催中。関連講座やワークショップも多数開催!)
http://www.tezenmuseum.com/

ブーランジェリー ミケ
https://www.facebook.com/Boulangeriemike?fref=ts

Libertin DUNE No.5
http://www.amazon.co.jp/Libertin-DUNE-no-5-TRADITIONAL-TRANSCEND/dp/4861192129/ref=sr_1_4?s=books&ie=UTF8&qid=1413207125&sr=1-4&keywords=libertin+dune

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