西端真矢

ARCHIVE:

喪の日のきものと、厳しかった大学時代恩師の思い出(コーディネイト写真付き) 2015/06/19



少し前のことになりますが、大学時代の恩師が亡くなり、お通夜に参列しました。
きものブログはたくさんありますが、あまり喪の日のきものを採り上げる例はないように思うので、今日は、ご参考になればと写真付きで書いてみました。そして、亡くなった恩師――とても厳しい先生でした――と、先生のもとで真剣に学問に取り組んだ大学時代の思い出も、少し。

     *

この日のお通夜は、キリスト教式で行われました。私はミッション系の上智大学の出身で、先生は教授であり、神父様でもあった方です(私自身は無宗教です)。大学内のイグナチオ教会という、講堂のような大きな教会が会場でした。
%E5%96%AA%E6%9C%8D%E3%81%B2%E3%81%92%E7%B8%AE%E7%B7%AC%EF%BC%8B%E5%B8%AF.jpg
上の写真が、当日に着た喪服です。
一般に、お通夜はお葬式よりも略式で構わず、とり急ぎ駆けつけた気持ちを表せば良いとされているかと思います。私もこの日は、色喪服で参列しました。
この色喪服は友人のお祖母様の遺品を頂いたもので、ひげ紬のようなひげが出ていますが、やわらかものです。色は、紫がかった茶色のような、何とも言いがたき色(この写真と、下にもう一枚出て来る写真の中間の色目です)。八掛には黒を入れており、紋は入っていません。
そして、帯は、喪服用の唐花文様す。これに、黒の帯揚げと帯〆を入れました。
%E5%96%AA%E6%9C%8D%E7%BE%BD%E7%B9%94.jpg
↑会場に着くまで、帯付きの喪服姿で街を歩くのもどうも気持ちが落ち着かず、上の写真の羽織を羽織っていました。こちらは私自身の祖母から伝わったもので、般若心経柄。背には一つ紋が入っています。
般若心経は、全ての仏教会派に共通するということで、よく喪服の模様として使われているかと思います。ただ、この日はキリスト教式だったため、会場の敷地の20メートル前程で脱ぎ、持参した黒布の手提げ袋にしまっていました。そして式が終わり、敷地外に出てしばらく歩いてからまた羽織ります。
髪は後ろで一つに束ね、その束ねた所を黒いリボン付きのバレッタで留め、バレッタの先に付いているネットの中に入れ込みました。たまたま家にあった、このような黒リボン付きのバレッタは、一つ持っているとふだんにも、そして今回のような機会にも役立つと実感しました。
以上、お通夜の日のきものについて、皆様のご参考になることがあれば幸いです。

        *

%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%AA%E6%95%99%E4%BC%9A.jpg
ここからは、亡くなった恩師と、その恩師の元で過ごした日々を振り返って綴りたいと思います。(上の写真は、式が行われたイグナチオ教会)

この日、最後のお別れをしたエセイサバレナ先生は、享年九十歳。スペイン、バスク地方のご出身でした。
バスク地方は、ご存知の方も多いかと思いますが、一応スペインに属してはいますがフランス国境に近く、独自の文化を誇り、スペイン語ともフランス語とも異なる、バスク語という言語を話します。独立運動も度々うねりを見せる地域のようです。
そんな複雑な地域で生まれた先生は、若くして信仰の道に入り、はるか歴史の昔のフランシスコ・ザビエルと同様、全く縁もゆかりもない東の小国へと派遣されることになりました。その信仰の心はどれほどまでに強く、純粋だったのだろうと思います。

          *

しかし、私たちが教えを受けていた頃、既に七十歳を迎えられていた先生は、ひたすらに真面目で実直な信仰の人、と言うにはかなり違う、独特の風をお持ちでした。柔らかな言葉で言えば、ユーモアの人、強い言葉で言えば、かなりの皮肉屋‥
実は、先生に教えを受けていた頃、私は先生をひどく憎らしく思っていました。私が学んだ哲学科は、全体的に真面目な校風の上智大学の中でも特に学問に厳しく、大学1・2年の間、毎日1限目に設定された第一外国語の授業(必修)に、年間で3回遅刻すると、即、留年となりました。遅刻だけで留年。相当に厳しい方ではなかったかと思います。

そんな上智の哲学科は、伝統的にドイツ哲学が強く、ほとんどの同級生は第一外国語にドイツ語を選択していました。その中で、七名だけ、変わり種のラテン語専攻の仲間がいて、実は、私もその一人です。そしてエセイサバレナ先生は当時、ラテン語の担当教授でいらっしゃったのでした。

          *

ラテン語というのは、要するに、日本語で言うところの古文であり、現在、ヨーロッパ生まれのヨーロッパ人にとっても十分に難しい言語です。もちろん、現実生活で使い機会は全くと言っていいほどありません。

この言葉の難しさは、活用にあります。
何しろ、動詞はもちろんのこと、名詞、形容詞までいちいち総ての語が活用をするのです。しかも、単数形・複数形、男性名詞と女性名詞があり、時制は一体いくつあるのやら‥要するに、一つの文章の主語、動詞、形容詞、目的語‥に全て活用があり、しかもその時々の時制や数量に合わせて正確に活用していなければならい。‥そんな気が狂いそうに複雑な言語でした。
しかも全くのゼロから始めているにも関わらず、何しろ毎朝1限に授業があるために文法だけはどんどん前に進み、半年もすればもう、あのローマの雄弁家キケロの原文を読む、という恐ろしくレベルの高い授業が行われていました。

‥が、そのようなハイスピードのため、当然どうしても覚えられない活用や、読み取れない箇所が頻出するようになります。私たちは日々の宿題や授業中の指名の度に頭を抱えることになった訳ですが、そんな時エセイサ先生は決まってこう言いました(日本語で)。
「キケロのおばあちゃん」
これは一体どういうことかと言えば、あれこれ考えてみても仕方がない。語学には、何故こう活用するのか、何故この発音なのかという問いに対して、理由など何もない。キケロも、キケロのおばあちゃんもみんなこう喋っていたから、こう喋るんだ、ということを意味しています。
語学というものの真実をたった一言でユーモラスに言い当てている名句だと思うのですが、けれど、当時、留年におびえながら活用に頭を悩ませている時に微笑混じりに言われれば、どうにも憎らしく腹が立ったものです。一体、私たちラテン語組は2年間で何回この「キケロのおばあちゃん」を聞いたでしょうか。

          *

式の後、その仲間たちで、なつかしい四谷の街で食事をしました。
みんなが口々に「ほんと、あの頃のエセイサは憎らしかった」と言い、当時から夜型だった私は毎朝1限ギリギリに飛び込んでみんなをはらはらさせていたこともぼんやりと思い出しました。
『パパラギ』『蠅の王』『夜と霧』など、1年次の必修授業「人間学」で読んだ課題図書に、今になって思えば非常な良書が選ばれていたことや、そのためみんなが内容を鮮明に記憶していること、確実に今の自分たちの思考の血肉になっていることにもまた気づかされ,、それぞれが書き上げた卒論についても話し‥と、話題は尽きることがないのでした。

          *

けれど、ざっくばらんに言ってしまえば、今、そんな私たちの中で、ラテン語の知識を役立てられる仕事に就いている人は、一人もいません。あまりにも複雑なラテン語のあの活用文法は、その複雑さの故に今はきれいさっぱり脳髄から消去されてもいます。では、あの時間は無駄だったのか?と問えば、そこはそうではないように思うのです。
私たちが大学に入学した頃は、まだバブルの花が最後の腐臭を放ちながら、かろうじて咲き誇っていた浮かれ時代の最終章。そんな時代の空気の中で哲学を学ぼうなどという人間は、子ども時代から何らかのやむにやまれぬ哲学的命題に頭を悩ませ(例えば、「“本当に理解する”とはどういうことか」「1+1は何故2なのか」などなど…)、それを何とか解き明かしたい、そういう、切迫した決意を持って入学を決めたはずです。少なくとも、私はそうでした。
けれどそんな人間にとっても、禅問答オンパレードの哲学書を読むことはやはり相当に難易度が高く、非常な根気が必要とされる出来事でした。
だからこそ、一切甘えのきかない態度で私たちの前に立ちはだかったエセイサ先生をはじめ、上智哲学科の、キリスト教ならではの生真面目な環境が役立ったと思います。すぐに落第、留年となってしまう環境では怠けることは許されず、カントでもデカルトでもキルケゴールでも、課題となった哲学書を線を引き引き読み通さざるを得ない。それが4年間続くことで、もともと持っていたそれぞれの論理的な傾向が徹底的に磨きをかけられ、血肉化し、卒業して20年を経た今、仕事をする上での大きな武器になっていることは、その夜集まった全員の共通認識でした。
もちろん、こういった理論的傾向は、問題解決を最後の最後では情緒で紛らわしがちな日本社会においては、「理屈っぽい」と摩擦を引き起こすこともあります。
けれど、どのようなことでも、中途半端が最も意味がない。4年間で磨き上げられ、とにかく、抜けのない論理的思考方法を持てるようになったこと。それをどう使いこなすかは、それぞれの謂わば人間力次第であり、また別の話なのだと思います。
「キケロのおばあちゃん」とエセイサ先生に憎らしく微笑まじりに言われたこと。
それは今になってみれば、たまらなく心楽しい思い出です。そう言えるほどには私たちが成長したことを伝えたいと思った時、もう先生はここにいないのでした。
にほんブログ村 その他ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村