西端真矢

ARCHIVE:

青山で、武士の精神とファッションを写し出した写真展を見る(着物コーディネイト付き) 2017/06/18



samurai%20fashion%E5%B1%95%E3%82%B3%E3%83%A9.jpg
一昨日に引き続き、昨日も着物で青山へ出かけました。目的は、スパイラルホールで今日まで開かれている、エバレット・ケネディ・ブラウンさんの写真展「ジャパニーズ・サムライ・ファッション」を見ること、そしてトークショーを聞くことでした。
エバレットさんは1980年代より日本で暮らすアメリカ出身の写真家で、本展では、「相馬野馬追」に参加する「武士」たちの肖像と装束を撮影しています。
相馬野馬追のことは、何となく知っている方も多いのではないでしょうか。一言で言えば、武士の野外訓練。起源は鎌倉時代と言われ、複数の組に分かれた武士たちが藩主の前で、神旗争奪を目指して競い合います。全国に多々ある武士イベント・武将イベントがいわばコスプレであるのとは一線を画し、殿様の席に座っているのは、現在で第34代となる本物の藩主。馬追いに参加するのも、今が江戸時代ならお城に詰めて殿に仕えていた、本物の家臣や、その城下の人たち。彼らが代々家に伝わる本物の甲冑や篭手、鎧直垂を身につけ、全身全霊でお役を全うするという訳です。
同時に発売された写真集の序文によると、ふだんはタクシー運転手など、ごく普通の市民生活を送るこの「武士」たちは、旧藩主の相馬家の当代のことを「若殿」と呼び、常に気にかけて暮らしているのだそうです。つまり、この人たちの中には、今もまだ江戸時代の武家の精神のあり方が、生きている。エバレットさんはそれを写し出そうと試みたのでした。
     *
…と偉そうに書きましたが、実は一昨日まで、私はこの写真展のことを全く知りませんでした。一昨日、このブログに書いたように、友人との食事会に行くため青山に向かい、けれど早く着き過ぎてしまったため、「スパイラルで何かやってないかな」とたまたま足を向けたことでこの展覧会に出会ったのです。
これまでにも何度か書いているので覚えていてくださる方もいらっしゃると思いますが、私は大の武士ファッション好きです。着物好きの中には、襲(かさね)の色目など、公家の装束がお好きな方が多いようなのですが、もうダンゼンの武家派。私のためにあるような写真展じゃないの、とワクワク見ていたら、会場にエバレットさんがいらっしゃり、明日、ISSAY MIYAKEのデザイナー・滝沢直己さんとのトークショーがありますよ、とご案内を頂きました。そこでこれも何かのご縁と、再び青山を訪ねたのでした。
%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%BC%9A%E5%A0%B4%E6%A7%98%E5%AD%902.jpg
%E7%9B%B8%E9%A6%AC%E8%97%A9%E4%B8%BB%E5%86%99%E7%9C%9F.jpg
さて、上の写真で分かるように、相馬の「武士」たちの写真は、モノクロで撮られています。それも「湿版」と呼ばれる、幕末から明治時代にかけて行われていた撮影技法。詳しい説明は省きますが、とてつもなく大掛かりで面倒な技法です。エバレットさんは、わざわざその技法を選択して「武士」を撮っているという訳なのです。
ご存知の通り、「武士」は明治時代に消滅してしまいました。つまりはエバレットさんのこの作品群は、その消滅した武士たちを、消滅した時代と同時代の技法で撮影している、ということになります。
最初、私は、純粋に服飾史好きとしての興味、つまりは「甲冑の下でどのように着物や武具が身につけられているか」を見たいという思いで写真を見始めました。しかし、すぐに、これらの写真が現出しているもの、江戸から明治への変化どころか、ロケットが宇宙を探索し、人々がスマートフォンやバーチャルリアリティを普通に使いこなす劇的なテクノロジーの変化を経てもなお相馬の人々の精神の古層に「武士の魂」が宿っている、ということに大きな衝撃を覚えました。
もちろん、こうして言葉で書いているだけでは、なぜそこに武士の魂があると言えるのか、分かって頂けないと思います。実際に会場へ出向いて、写真に写っている武士たちのその面構えを見たとき、西端が言っていたのはこういうことだったのか、と感じて頂けることになるでしょう。
          *
%E3%82%A8%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%A8%E6%BB%9D%E6%B2%A2%E3%81%95%E3%82%93.jpg
上の写真は、トークショー中のエバレットさん(左)と滝沢さん(右)。
エバレットさんは、武士に限らず、明治維新以降に日本人が失ってしまった――いや、忘れてしまった、と言った方が良いのでしょう――優れた精神性を探求すること、再現することを芸術活動の核心に置いています。現在も、縄文土器や日本の旧家の人々を撮影するシリーズを撮り続けているのだそうです。
今回、そんな彼の相馬のシリーズに触れられたことは、私にとって非常に大きな励ましになりました。と言うのも、皆さんもご存知の通り、私はとにかくきものが好きで好きで、何とかして後の世代にきものを残して行きたいと願っている人間ですが、けれど、もう無理なのかもしれないと思うことも、実は多々あるのです。
日本というこの文化の根底は、豊かで四季の変化多い「自然」であると私は思っています。しかし、今多くの人はアパートやマンションで育ちアパートやマンションに暮らし、ビルディングで働き、自然の変化に興味を持たない。或いは、花屋に行かなければ変化を意識しない。しかもその花屋には、明治以前の日本には存在しなかった、洋花しか売られていない。この国の土から生え出る自然から切り離されてしまった以上、もう何をどう叫んでも「本当の日本」は帰って来ないのではないか。きものも茶も和歌も、滅びるしかないのではないか、と絶望してしまうことも多いのです。
それでも、エバレットさんのこの相馬の写真群にあまりにも色濃く現れる「武士の魂」を見ると、まだ間に合うのかも知れない、と思えます。
%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%BC%9A%E5%A0%B4%E6%A7%98%E5%AD%901.jpg
また、写真展には、上の写真のように、肖像写真とは対照的にカラーで撮影し、しかもコンピューター処理をほどこした野馬追の武士たちの武具や装束の写真も展示されていました。今我々が日常的にまとう洋服ファッションとは全く違った色の組み合わせ、そして数百年を伝え続けられた文様が生き生き着こなされている様が、ここには映し出されています。そう、ここにも、明治以来140年、戦後からは70年ほどの「短い」時間では決して消し去ることは出来ない、色濃い、美の感覚が、私たちの脳、或いはDNAの古層に眠っているのではないか、そんな希望を感じてしまうのです。
出会ったのが会期終了の三日前だったため、もう今日しか日程がないのが残念ですが、本日、お時間のある方はぜひ青山スパイラルホールに足をお運びいただければと思います。
    *
下の写真は、会場で、エバレットさんの今回の相馬シリーズの写真集「JAPANESE SAMURAI FASHION」を出した版元「赤々舎」の元社員?或いは「赤々舎」を手伝っていらっしゃる、棚橋さんと↓
%E6%A3%9A%E6%A9%8B%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%A8.jpg
ちなみに帯周りと足元はこんな風です↓
%E6%9D%91%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E5%8D%98%E8%A1%A3%EF%BC%8B%E7%B1%B3%E6%B2%A2%E7%B4%99%E5%B8%83%E5%B8%AF.jpg
%E6%9D%91%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E5%B3%B6%EF%BC%8B%E8%BE%BB%E5%B1%8B.jpg
(村山大島紬の単衣に、米沢「近賢織物」の紙布帯。最強に軽くて楽で、しかもお洒落でしょ、と自慢の組み合わせです。足元は、浅草「辻屋」の塗り下駄)

棚橋さんとも、今回知り合ったばかり。共通の友人(香港人の写真家)がいると判明して、大いに盛り上がったのでした。そう、この写真展に行き当たったのも偶然なら、関係者に共通の友人が、しかも外国人の友人がいることも偶然。今は大きな仕事を終えた後にぼーんと心のドアを開いてふらふらとさまよっている時期なので、偶然が飛び込んで来てくれるのかも知れません。

にほんブログ村

にほんブログ村