西端真矢

ARCHIVE:
女子の生き方 / 文学・思想・美学論 / 中国、日中関係 / 着物日記 / 仕事論 / 日々のこと / 世の中のこと / 和のこと / / 吉祥寺暮らし / 本や映画や美術展感想 / お仕事ご報告 /

2018年 / 1月 / 2017年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 4月 / 3月 / 2月 / 1月 / 2016年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 4月 / 3月 / 2月 / 1月 / 2015年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 4月 / 3月 / 2月 / 1月 / 2014年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 3月 / 2月 / 1月 / 2013年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 3月 / 1月 / 2012年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 4月 / 3月 / 2月 / 1月 / 2011年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 4月 / 3月 / 2月 / 1月 / 2010年 / 12月 / 11月 / 10月 / 9月 / 8月 / 7月 / 6月 / 5月 / 4月 / 3月 /

本の雑誌「kotoba」にて堀口茉純さんを取材。「江戸庶民の暮らしを知る」五冊について聞きました。 2018/01/18



kotoba%E8%A1%A8%E7%B4%99.jpg
皆さま、「kotoba」という雑誌をご存知でしょうか。
集英社より、四季ごとに発行される250頁ほどの厚めの雑誌で、中身は活字がぎっしり。本を愛する人々の読書人生を更に豊かにするべく、「ねえねえ、知ってました?こんな面白い本があるんですよ」と読むべき本を推薦する、“本のガイドブック雑誌”なのです。
たとえば、発売中の最新号「冬号」の特集は、「中世史・近世史を読む」。
活字嫌いの人からすればマニアック過ぎるテーマでしょうが(日本の中世史・近世史に絞った内容です)、本好き、歴史好きの琴線に激しく触れて来る特集の選び方!
黒田日出男、山本博文、清水克行、亀田俊和先生などの史学者から、沖方丁、山本一力、和田竜氏など歴史小説作家。そして、春風亭昇太、出口治明氏のような歴史好きで知られる著名人まで、各界の碩学二十二名が日本の中世・近世を理解するにはこれを読め!という書物、それもマニアックな書物をこれでもかこれでもかと紹介し、どれも読みたくなって読書計画を立てるのが大変ーきゃー!と嬉しい悲鳴です。

そんな中、私は、江戸の暮らしを平易な言葉で語る“お江戸ル”として知られる堀口茉純さんに、「江戸時代庶民の暮らしを知る五冊」について取材しました。
取材前から、どんな本をご紹介頂けるだろうかととても楽しみにしていましたが、今回は、五冊すべて、江戸時代に発行された、言ってみれば“江戸の同時代本”を推薦くださいました。
さてさて、その五冊とは?
「江戸時代の言葉は、古文とは言ってもぐっと今に近いので、意外なほどすらすら読めますよ。分からない言葉があれば註解に目を通せばすぐ意味も取れるし、読まないともったいない」
と取材時に仰っていた通り、なるほど、この“江戸同時代本”で江戸の暮らしのこんなところが見えて来るのか!という楽しいブックガイドになっています。皆様まずはぜひ書店で「kotoba」をお手に取ってみてください。
私も、五冊のうちの一冊、式亭三馬の『浮世風呂』にガゼン興味が湧き、読んでみようと思っています☆

にほんブログ村

にほんブログ村

初釜と書き初めの日のきもの 2018/01/11



今年最初のきもの日記です。いかにも新年!な行事、初釜と書き初めに着物で参加しました。
まず初釜の日‥と意気揚々ご紹介したいのですが、何と着姿の写真を撮り忘れてしまったので、置き撮りで。新年早々すみません‥。一カ月後にまたこのきもので茶会に行く予定があるので、着た状態の写真は、そこまでお待ち頂ければと思います。その時は帯を変える予定です↓
%E6%9D%BE%E8%A8%AA%E5%95%8F%E7%9D%802.jpg
きものは、綸子地に松のある海浜風景の一つ紋訪問着。きもの仲間のお友だちが数回着たものを、お安く譲ってくれました(紋は自分の家の紋に変えています)。とてもきれいな状態で、ありがたい。こういった格の高い柄行きの訪問着を一枚持っておくと、とにかく安心ですね。
帯は、「織悦」製。新古品で購入したものです。私の持論は、「きものファッションでは、紫が万能色」。ピンク系、青・緑系、グレー・黒系、黄色系、合わない色の傾向というものがありません。なので、この帯を見つけた時は、即購入。菊や桐を織り出しており、超古典でありながらすっきりとした印象。こういう雰囲気の帯やきものがたまらなく好きです。
帯締めは、お茶の先生に頂いたもの。先生に実際にコーディネートの中で使っているところをお見せしたかったことと、初釜なので、華やかさを加えようと択びました。
%E7%82%AD%E7%82%B9%E5%89%8D%E9%81%93%E5%85%B7.jpg
今年の初釜で、私は「後炭」という点前を仰せつかりました。要するに炉に炭をつぐ点前なのですが、あれこれ手順があってややこしいのです。一つ何かをしては羽箒で掃く、ということを繰り返すので、自分が今どこをやっているのか分からなくなりがちです。
しかもこの点前、ふだんの稽古ではめったにしないものなので、全然まったく覚えていなかった‥更に我が家の和室は炉を切っていないため、エアーで稽古するしかない!幸い、以前、先生から不要になった炉縁を頂いていたので、それを畳に置き、深~い底があるつもりで年末年始、稽古に励みました。
上の写真がその稽古で使っていた道具なのですが、この釜、実は陶器製です。祖父の形見の奈良・赤膚焼き松田正柏作で、陶器製の釜は結構珍しいのではないでしょうか。その横の炭斗(籠のこと)、火箸、環は、何しろ家に炉がないため持ち合わせがなく、ヤフオクでお安いものを揃えました(何しろ稽古用ですから‥)。炭は、一回分のセットを購入して。いやはや点前のお役目が割り当てられると大変です。

でも、その甲斐あって、本番はノーミスで終えることが出来ました。実は、お茶を習って8年ほどでしょうか。何度も温習茶会や初釜で点前を経験して来ましたが、ノーミスは今回が初めてのことでした。お茶をされている方ならうなずいて頂けると思いますが、点前の座に座ると、必ず何かしら小さなミス(や大きなミス)をしてしまうものなのです。しかし今回は気持ちよく「羽生、ノーミスの演技です!」的な点前に。今年は良いことあるかしら、と、単純なので気を良くして稽古に励みたいと思います。

     *
%E6%9B%B8%E5%88%9D%E3%82%81.jpg
きものコーデ、二つ目は、書き初めの日に着たコーディネートです。
私のこのブログでも何回かご紹介している、青山の工芸ギャラリー「イトノサキ」で開かれた書初め会に参加しました。友禅作家であり、書の先生でもある桑原牧子さんに指導して頂きながら、書き上げたのは、「完」という一文字。新年から「完」なんて、もう今年も終わり?と突っ込まれそうですが、今書いている作品を書き上げる、という決意を込めて。有言実行となるよう精進いたします。

帯周りはこちら↓
%E5%AF%84%E3%82%8A%E5%86%99%E7%9C%9F%E3%82%82%E3%81%86%E4%B8%80%E5%BA%A6.jpg
きものは、江戸小紋。帯は、羽と糸を染めた名古屋帯。ともに、模様の詳しい説明については長く書きたいことがあるので、後日のブログをお待ち下さいませ。
帯揚げは、そう、秋の丹後旅行で「小林染工房」で染めたものを初下ろししました。きものの色とちょっとトーンの違うグリーン系が入ることで、良いコーデになったかなと気に入っています☆
      *
この日は、書き初めの後、そのまま「イトノサキ」で新年会が開かれました。実はこの日は、あの「振袖事件」が勃発した日。オーナーの畔蒜恵さんがきものショップ「くるり」の出身ということもあって、会には同じ「くるり」出身者やきもの関係者が多く、あまりにも悲しい事件にみんなでため息をつきましたが‥、それでも、一筋のあたたかい光が。中に一人、現役の「くるり」社員の方がいたのですが、「私、うちの会社で何か出来ないか、明日話してみる」、と。その結果が、こちらです↓
http://kururi.tokyo/news/20180109.html

そう、「くるり」では、被害に遭われた方への着付けレンタル、着付け、撮影、全額無料。(1月中に申し込み)何という太っ腹でしょうか。
もしも周りに被害を受けた方がいらっしゃったら、ぜひこの情報を教えてあげてください。
今回の事件については、思うことが山ほどあります。実は事件直前の6日に書き上げ、編集部に送った或る原稿で、まさに「振袖はこのままで良いのか?」ということを書いていました。その雑誌「ぶ」は、3月上旬に創刊、発売されます。こちらもぜひお待ち頂ければと思います。

にほんブログ村

にほんブログ村

「リシェス」誌にて、「開運」特集を担当しました。 2018/01/09



%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%B9%E8%A8%98%E4%BA%8B%E7%B4%B9%E4%BB%8B.jpg
新年の幕開けにふさわしいお仕事を担当いたしました。
発売中の婦人画報社「リシェス」22号にて、開運術に関する特集で取材・執筆しています。
事業や私生活の成功、幸福は本人の努力次第‥とは言いますが、もしかしたらそれだけではないかも…?と思うこと、多々あるのではないでしょうか。そう、努力とともに、「運をつかむ」「運の波に乗る」ということも、成功に欠かせない要素の一つなのかも知れません。
今号の特集では、そんな人知を超えた「開運」ということについて、各界の名士に取材し、その方その方なりのオリジナルな運気上昇ジンクスや開運アイテムについて語って頂きました。チベットの謎の貴石から素朴な蛙の石像まで、そこに秘められた物語をお楽しみください。

また、今号では、「Contributers」のページで、嬉しはずかし、写真付きで私の紹介もして頂いています。このプロフィール写真は、2年前だったか、我が家の庭で写真家の升谷玲子さんに撮って頂いたもの。こちらのページも併せてご覧頂けたら幸いです!

にほんブログ村

にほんブログ村

女がミニスカートを脱ぐ時 2018/01/05



%E6%88%8A%E6%88%8C.jpg
昨年は、初夏に、3年がかりで取り組んでいたノンフィクション小説をようやく出版することが出来、更に雑誌や広告の分野でも多くのお仕事を頂き、プライベートでは細々とではあるもののお茶の稽古と新しく書の稽古も始め、お友だちとも数々の楽しい時間を過ごし‥‥例年と変わらず、ありがたく充実した一年だった。
けれどその中で一つだけ大きく変わったことがあって、それは、自分の体力の衰えを実感したことだった、と、年が明けた今しみじみと思う。

我が家は父方が長命かつ頑健な家系で、一般に「女子は父親の家の体質に似る」と言うけれど、私もどこででもすぐぐっすり眠れることや視力がとても良いこと、健康診断の値もどれもちょうど真ん中の健康体で、そもそも広告代理店に長年勤務していられた、ということ自体が父方の頑健な血を引き継いでいる証左だったと思う。
振り返ってみればその代理店時代、四徹(4日間完全徹夜で編集)や4カ月間休日なし(もちろん後で代休を取得)など、数々の修羅場にさすがにふらっと来る日があっても、その週末に一日、10時間ほど寝ればすべてリセット。またうるさいくらいに元気に働ける頑丈女だった。
退職してフリーになってからもこの体力は変わらず、様々な無茶ぶり案件も不眠不休で乗り切って校了したその日に10時間も眠ればすっかり元通り。超人だね、と家族友人に驚かれる元気ぶりで突っ走って来たのだった。

ところが、昨年、初めて、「疲れがいつまでも取れない」という経験をした。9月の終わりから10月下旬まで、仕事がたまたま四本同時に重なり、1週間で合計10時間ほどしか眠れない時期もあったようなハードワークになってしまった。ただ、これまでだったらこのくらいのことは必ず一日でリカバリー出来ていたものが、今回は初めて、その後だらだらと1カ月近くどことなく体がだるいというような不調が続いたのだ。
そう言えば、その少し前から、原因不明の右腕痛と右足首痛にも悩まされていた。整形外科でレントゲンを撮ってみても、骨には何の異常もない。要するに使い過ぎです、と診断が出たけれど、特に何か新しい運動など始めた訳でもないのだ。
確かに手首は職業がら常にマウスの上に置いて酷使しているし、足首については、中学時代の部活動で土踏まず付近の筋肉を傷め、実はいつも少しかばいながら歩いている。これまではそんな無理をカバー出来ていた筋肉の力が、ここへ来ていよいよ今まで通りには働かなくなって来た、ということのようだった。
仕方がない。今年は年女。つまりは五十年近くも暦が回り、その年月の間、筋肉も骨も内臓も脳みそも、それこそ一日の有給休暇も取らず働き続けているのだから、ガタが来るのも当然だろう。人によって体力の衰えが現れ出す年齢はもちろん違うけれど、私の場合は四十七の昨年に、それが出始めたということなのだろう。

       *

実は、ああ、自分はもう若くはないんだな、と感じたのは、昨年よりもう少し前のことだった。確か2年前だったと思うけれど、明日はどの服を着て行こうかと鏡の前で試しに着たり脱いだりしていた時、突然、それまで当たり前に着ていた膝丈のワンピースがとてつもなくちぐはぐなものに見えた日があったのだ。そのちぐはぐぶりがあまりにも目に慣れず、その時、しばらくの間じっと鏡の中を他人のように眺める自分がいた。
そして、その翌日から、もうミニスカートをはくのはやめようと決めた。ウェストも体重も二十代、三十代と変わっていないし、肌の具合もすこぶる好調だった。それでも、何かがかすかにこれまでと異なっている。心優しい友人に、
「ねえ、私、まだ短いスカートをはいていても大丈夫かな?」と訊けば、
「もちろん!そのワンピース、マヤちゃんにとっても似合ってるよ」
と言ってくれるだろうし、そもそも服なんて何を着ようが個人の自由なのだから、着たければ一生ミニスカートで過ごしたっていい。けれど、「何かが違う」というそのかすかな違和感に敏感でいることも、一つの人生の美学ではないかと思っている。
幸い、私の住む市にはリサイクルセンターという施設があるので、その日以来、膝丈のワンピースやスカートは季節ごとにすべて寄付に出すようにしてしまった。だから、今、私の手元にはミニスカートは一枚も残っていない。それで寂しいかと訊かれれば、これが不思議とそうは感じないと言うと、負け惜しみだと思う人もいるだろうか?

人間は、すべての生き物は、いつかは土に還っていく。それを口惜しく思いどんな手を使ってでも抵抗してやるとがむしゃらになる人もいるし、それも一つの美学だとは思うけれど、私はそういうあり方にどうも魅力を感じることが出来ない。それよりも長年何匹もの猫と暮らして来て、老いに関しては猫に学ぶことが多いと思うのだ。
猫たちも、ある時を境に急速に体力が衰え、たとえばこれまで楽々と上がれていた木の幹に飛び上がることが出来なくなってしまう。そうすると、ちらっとその幹を見上げて猫たちはその日以来二度と飛び上がることはなく、けれど特に卑屈になることもなく同じその木の周りで淡々と日々を送る。陽の照る日は木が降らせた落ち葉のベッドでぬくぬくと眠り、気が向けば小さな虫をひゅっと捕まえて遊んでみたりもする。どの子も不思議と自分の死期を悟って、ぼろぼろの体を引きずりながら最後の挨拶に顔を見せにやって来て……そしてどこかへ消え、一人で死んでゆく。そういうこざっぱりとした生き方が出来たらいいな、と思う。

新年から何を暗い話をしているのだ、と言われそうだが、むしろきわめてポジティブな年頭辞を書いているつもりなのだ。“美魔女”を目指すなど真っ平ごめん。だけどいわゆる“大阪のおばちゃん”でいいと開き直るのもかえって居心地が悪い。そうではなく、猫のようにこざっぱりと、飄々と生きていきたい。私が手放したミニスカートをはいた女の子と、今年はすれ違うことがあるだろうか?


にほんブログ村

にほんブログ村