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書評掲載のお知らせ~~ポジティブシンキングという一種の暴力思想をめぐって (2024/07/10 )
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書評掲載のお知らせ~~ポジティブシンキングという一種の暴力思想をめぐって 2024/07/10
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――医学事典には載っていないが、〝アメリカ病〟という病があると思っている。
本日発売のマガジンハウス「クロワッサン」誌書評欄に、そんな一行から始まる新刊書評を書いた。
半頁ほどの短いものだが、書き記した内容にも、そして、字数が短いからこそドライブ感が出るよう工夫した文体にも、100パーセント満足している。読んで頂けたらとても嬉しい。
編集者のHさんから、「書評を書いてみませんか?」と連絡を頂いたのは、四月の終わり頃だった。直近四カ月以内に発売の新刊本であれば、好きな本を択んで良いという。そして何ともタイミングの良いことに、その時私には「今度本屋さんに行ったら買おう」と携帯のメモパッドに書き留めていた新刊本があった。
自分が読みたい本を読んで、自由に意見を書いて、更にお金がもらえるなんて、こんな楽しい仕事があっていいのだろうか?いそいそと二つ返事で引き受けることにしたのだった。
そうして採り上げたのが、『アメリカは自己啓発本でできている』という一冊だ。
多くの人に読んでもらうことを願ってのことなのだろう、軽い印象の題がつけられているが、著者は愛知教育大学教授の尾崎俊介氏で、専門はアメリカ文化史。自己啓発、そしてポジティブシンキングというアメリカ発祥の見逃せない民間思想が、どのような背景から生まれ、どのように普及して来たかをつぶさにひもとき、更には日本への影響についての分析も行っている。
私がこの本に注目していたのは、私自身がポジティブシンキングという暴力的な(と敢えて書こう)思想について、切実な体験を持っていたからだ。
この七年あまり、私は、愛し、尊敬していた母が認知症を患い、その人格と知性を崩壊させていく様を目にしながら生きていた。そしてそれでも力を振り絞り、家にいたいという母の最後の願いをかなえるために、100パーセント自宅での介護を続けていた。更にその母を看取ってまだ悲しみも癒えない中で、自分自身に癌が見つかり手術を受けることになった。
人生で起こり得る最大級の苦しみを味わい続けた日々だったわけだが、その中で最も心を傷つけられたのが、ポジティブ思考を信条とする一群の友人知人たちから投げかけられる無遠慮なメッセージだった。
彼らは私に「確かに大変な状況だけどさ、でもさ、ネガティブしてたって仕方ないじゃない」「ほーらほらほら、マヤさん、前向きにならなきゃ!前向きよ!前向き!」と、会話の中でぼんやりとほのめかしてみたり、或いはたしなめという形で表現したり、或いははっきりと言葉に出して伝えて来る人もいた。
それは言わば傷つきよろめきながら歩く私のあごを無理やり持ち上げ、笑顔で!前向きに!スキップして!歩けと要求することであり、私はただただ唖然とするしかなかった。
そして胸の底で彼らを憎み、絶交を誓ったのだが、一方で、大学で哲学を専攻し、生来物事の原理を探求しようとする私の性分が、このモンスター的思考が何故世に跋扈しているのかを探り当てたいと願い、そしてその時、そこにはおそらくアメリカの影響があるのではないかという推測がひらめいていた。
私が深く愛する二本のアメリカ映画の登場人物、『マグノリア』でトム・クルーズが演じた男根主義のカルト自己啓発セミナー講師。そして、『アメリカン・ビューティー』で、「私は出来る、私は出来る、私は出来る」と鏡の中の自分に語りかけながら営業に向かう女性不動産セールスマン。事故の中に必ず存在する弱さを憎み、拭い去ろうと努め、ひたすら前へ前へ、上へ上へと強く上昇しようとする狂信的な姿が思い浮かんでいた。
そして参考となりそうな書籍を求め、検索を繰り返していく中で引っ掛かったのが、この尾崎氏の書籍であり、もう一冊、アメリカ人ジャーナリスト バーバラ・エーレンライクによる『ポジティブ病の国、アメリカ』だった。
今回の書評では、この二冊を軸に、私が理解したポジティブシンキングのアメリカでの誕生と発展、そして日本人がその影響をいかに強く受けて来たかという波及の歴史を、上記したような私自身の痛みと恨みの体験も交え、記している。
そして〝ポジティブ〟〝前向き〟というこの陽性の顔をした暴力思想に対峙するもう一つの人生態度も、結語として提示しているつもりだ。
もちろん、私はユーモアを深く愛する者でもあるので、随所にくすりと笑える断章を散りばめてもいる。渾身の原稿を、書店で、電子書籍で、ぜひご一読頂けたらありがたい。