西端真矢

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定期検査へ――癌サバイバーの日常 2024/02/04



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あっと言う間に今年ももうひと月が過ぎてしまった。今週は、子宮体癌手術後、2カ月に一度の定期検査があった。再発がないか、転移がないか、言ってみれば2カ月に一度の〝天からのテスト〟のようなものだ。癌サバイバーは皆このテストを受けている。

定期検査の日は、いつもより少し早く起きて杏林大学病院に向かう。着いたらまず地下の採血室へ直行する、という手順もすっかり身についてしまった。
採血室は常に野戦病院のように混んでいて、中に入るためだけに15分以上並ぶこともあるのだけれど、何故か今回は奇跡的にすいていた。半信半疑で入口の整理係の人を振り返り振り返りしながら中へ進む(ちょっと、まだ中に入れませんよ、と怒られないか心配なのだ)。
しかしすいているとは言え30人待ちほどではあるので、長椅子に座り、自分の番号が来たらスムーズに採血してもらえるよう、コートを脱いで待機する。目の前の採血ブースで、中に入ってからあわててコートを脱いでいる人を眺め、
「素人さんか‥‥」
と、ふっと笑みがもれてしまうベテランなのである。
     *
さて、無事採血が終わると、3階の婦人科へ上がる。今採血した血液の検査結果が出るまで1~2時間かかり、それまでは呼ばれないことももう承知しているから、受付に名前を通したらゆったりトイレに行ったり、自動販売機で飲み物を択んだり、持ち込んだ文庫本を読んだりする。ここでの過ごし方ももう板について来た。

時々本から目を上げ、通路を行き来する人を眺める。
3階には整形外科や麻酔科(手術前に必ず麻酔科でレクを受ける)などもあるから、多くの人が行き来している。中でも私が目を留めてしまうのは、老齢の親と付き添いの中年の娘、或いは息子という二人組だ。たいていは親が車椅子に乗っていて、子がそれを押している。親の表情がぼんやりしていればおそらく認知症を患っている方だろう。そしてそういう二人組を見ていると、不意に泣いてしまいそうになる。2年前の私の姿だからだ。
もちろん、彼らは、私が泣きそうになっていることになど気づかな。その理由も私には分かる。周りを見ている余裕なんてないからだ。両手を開けておくために斜め掛けのバッグを下げ、中には親の診療カード、保険証、介護保険症、介護タクシーの電話番号カード、自分の分のペットボトルと親の分のペットボトル、万が一のための替えオムツ‥‥などなどがぎっしりと詰め込まれている。
人にぶつからないように慎重に車椅子を押して、突然医師からあそこへ行けと指示された「何とか室」を必死で探して前に前に通路を進んでいるその人の背中に、頑張ってね、とエールを送る。もちろん声は出さずに。
     *
やがて診察室に呼ばれ、まず、この2カ月間の体調を先生に報告する。左腿のつけ根の腫れぼったい感覚が、最近は消えたこと。でも右のつけ根にはまだ残っていること。出血やおりものはないこと。重いものを持つと右の傷口の奥の方が痛むこと。かたかたと先生がPC上のカルテに打ち込んでいく。
お正月にきものを着たら、胃なのか腸なのか、腰紐で圧迫されたせいかとてつもなく不調になってしまったことも話したが、子宮・卵巣摘出との因果関係は考えられないと言われ、がっかりしする。原因が分からないと対策の立てようがないが、これは私には大問題なので、着付け方法を変えるなど、様々に試して様子を見ていこうと思っている。
その後、例の婦人科の自動大股開き椅子に座り、触診とエコー検査を受ける。内部に腫れはなく、手術痕にも化膿などの異常はないとのこと。いつものようにその場で教えて頂く。そして小刀状の器具で、わずかに膣内部の組織を削り取る。しくっとした、ごくかすかな痛み。この組織が細胞診検査に回される。
     *
再び先生の席に戻り、2ケ月前に採った細胞診の結果を見せてもらう。ここが今日の診察のハイライトだ。異常なし。今のところ再発はない。続けて今日の血液検査の結果票も広げられ、転移がある場合異常が出ることが多い幾つかの項目がすべて正常値だと説明を受ける。
そう、今回の天のテストは通過したのだ。
     *
2ケ月後の予約を取って、病院を後にした。体調がいい時はバスに、疲れている時はタクシーに乗る。車窓に井の頭公園が見えて来ると「帰って来た」と思う。まるで旅から帰って来た時のように。
それからスコーンを食べに行く。定期検査の後は吉祥寺で何か好きなものを食べて帰ることに決めていて、今回は公園入口の紅茶専門店に寄った。出来たての、ほくほくのスコーン。文庫本の続きをゆっくりと読んで、日常が帰って来る。とにかくあと2ケ月は命が延びたのだ。公園の池の水面が冬の空気に澄みわたっている。
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