西端真矢

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猫の余命 2024/10/20



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先月の終わり、我が家の白猫チャミの左腋の下に固いしこりがあることに気づいた。
慌ててかかりつけの動物病院で診てもらうと、その場ですぐ簡易手術をしましょうということになった。しこりの一部を切除して検査機関に送るためだ。1週間ほど待っている間、一縷の望みをかけていたけれど、結果は厳しかった。繊維肉腫というがんだった。

チャミは16歳で、人間で言えば80代半ばだから、いつかこの日が来ることは分かっていた。
そもそも今年の初めに肉球の皮膚がんの手術をして、その手術は大成功ですっかり元気になり、階段で私を追い抜かして得意げに振り返ったりしているチャミなのだけれど、その間にもまったく違うがんが育っていたのだった。悔しいけれど、どうすることも出来ない。
     *
この結果に対して、今、私には三つの選択肢がある。
一つは、外科手術。第二は放射線治療。そして、もう何もしないこと。
何もしなければ、桜が咲く頃まで持つかどうか、と言われてしまった。抗がん剤は繊維肉腫には効かないそうで、選択肢に入らない。
     *
先週、外科手術の道を模索して、小金井市の東京農工大附属病院へ連れて行った。がんはまだ血管やリンパ節まで浸潤していないから、人間で言えばステージ2ほどに当たるのだけれど、腫瘍が筋肉に癒着しているため、かかりつけの先生の所での手術は難しい。紹介状を書いて頂いたのだった。
その日はちょうど母の命日だった。先生のお話を伺うと、今後の転移の可能性をつぶすために、相当重い手術になるという。本当は、断脚、左脚を切った方がいいけれど、そこまでしないまでも、腫瘍の周りを広範囲に切り取る必要がある。骨への浸潤を防ぐために、肋骨も1、2本切るかも知れない。更に麻酔が腎臓病を誘発する可能性が高い。

一方の放射線治療は、切らない分、体の負担は少ないけれど、週に3回×5週間など、相当な回数を通わなければならない。そしてその度に麻酔をかけるため、やはり腎臓病発症の可能性が強い。
どちらの場合も再発の可能性は相当大きく、要は、一ヶ月から数か月寿命を延ばすための措置なのだ、ということを悲しく理解した。この結果を受けて、どうするべきか悩んでいる。
     *
チャミをどれほど愛しているか、言葉に言い尽くせない。
もともと溺愛して来たけれど、特に母の介護が始まってからは、この世界を二人で一心同体で生きて来た。
今でも忘れられないのは、介護の初期、認知症を患った母の反抗がひどく、一番関係が悪かったある夜のことだ。私は大声で母を叱り、両肩をベッドに押さえつけた。言うことを聞いてもらうために。その時、はっと気づくと足元でチャミが首をかしげて私をじっと見上げていたのだった。
生来おとなしい、控えめな性格のチャミだから、鳴いたりはしない。出来ないのだけれど、お姉ちゃん、どうしてそんなに怖い顔するの?もうお母さんのこと叱らないで、と、困った時にどうしてか垂れ目気味になる目で訴えていた。それで私の怒りのエスカレーションはぴたりと止まったのだった。
ごめんね、チャミ、心配させて。もうお母さんのこと怒らない。チャミに約束するよ、と、その夜、母が寝ついた後にチャミを抱きしめながら約束した。それからは母を軽く叱ることはあっても、それ以上には進むことはなかった。チャミがいなかったら、私はいつか母に暴力を振るっていたかも知れない。それほど認知症の介護というのは苦しいものだ。最期まで静かに看取ることが出来たのは、チャミのおかげだった。だからいつも、
「お姉ちゃんはね、チャミにぶら下がって生きてるんだよ」
と話しかけている。チャミが私を救ってくれたのだ。
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そんなチャミはとても繊細な子で、例えば昨年私が子宮がんの手術のために9日間入院した時は、ショックで摂食障害になってしまった。おそらく、母がいなくなって、そして私まで消えてしまったのだと思ったのだろう。そこへ突然私が帰って来たことで感情のコントロールが効かなくなり、10日ほどまったくものを食べなかった。
今年1月の肉球がんの手術の時も、先生が夜、見回りに行くと、同じ手術をした他の猫たちはみんな疲れ切って寝ているのに、チャミだけが一人よだれを垂らして目をらんらんとさせていたという。

今回の簡易手術の後も大きなショックを受けていた。しこりの一部を切り取るだけの、ごくごく軽い日帰り手術だったのだけれど、4日間押し入れに籠り、その後もしばらくどこか挙動がおかしく、表情も険しかった。とても神経質な子なのだ。
     *
だから、外科手術はないかなと思っている。訳の分からない、広い、怖い所へ連れて行かれて、帰って来ても手術痕が長くズキズキと痛んで。そんな状況に精神がすっかりまいってしまうような気がする。
放射線治療の場合も、やはり週に何度も何度もチャミにとっては訳の分からない車という鉄の塊に乗って、怖い所で麻酔注射を打たれ、気を失って‥‥おそらく、毎回、帰宅後数日間はノイローゼ状態で過ごすことになるだろう。更に腎臓まで悪くなって‥‥もしかしたらがんより先に精神がまいってしまうのかも知れない。

父は、もう、自然に任せた方がいいんじゃないか、と言う。人間の技術がかえって動物たちに負担をかけるということは、私にも理解出来る。
今のところチャミは元気いっぱいに過ごしている。私の膝の間にどっかりと座って眠り、大好きな毛玉のおもちゃをくわえて走り回り、私のお皿洗いを少し離れた場所に寝そべりながら眺めたり‥‥そんな風に元気でいられる時間はもうそう長く残されていないのに、それを病院通いの恐怖に塗りつぶして、すっかり心を委縮させて‥‥そんなことをチャミはまったく望んでいないだろう。そう、心から思う。
調べてみると、近所に、訪問医療の獣医さんが数名いらっしゃることが分かった。
がんを抱えながらも、家で、安心に、楽しく過ごして、もしも強い痛みが出るようになったら緩和ケアを行う。そのような選択肢があるのかも知れないし、その選択肢に、今、心が傾いている。

でも、とも思う。放射線治療が奇跡的な効果を上げることだって、もしかしたらあるかも知れないじゃない!と。そうすれば余命は2年くらい延びるのではないの?それならチャミだって、苦しくても許してくれるかも知れない。それなら――
行ったり来たり、心は揺らいでいる。何も治療しない。「しない」という選択肢を取ることに、心理的に大きな抵抗があることも事実だ。
     *
ともかく、あと一度だけ、今週、放射線科の先生の所へ連れて行って話を伺い、その上で最終的にどうするかを決めようと思う。
世界がぐらぐらして、心臓が早鐘を打っている。街を歩いていると、この世界からチャミが消えてしまうなんて、そんなことがあるのだろうか、と思う。今、一緒に過ごす一瞬一瞬が、何気ない一瞬一瞬がはかり知れないほど尊く、けれどすぐ後から風のようにこぼれていく。

あと数カ月なのか、半年なのか。どのような選択をするにしろ、チャミのためにすべてを捧げたい。愛猫の放射線治療や緩和ケアをされた方がいらしたら、良かったら経験談を教えてください。