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クロワッサン連載「着物の時間」、後藤加寿子さん、スミレさんの着物物語を取材しました (2025/08/28 )
「ヒロシマ1945」展へ (2025/08/15 )
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「美しいキモノ」秋号にコメント掲載!ときものに関する小さなあれこれ 2025/08/30
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発売中の「美しいキモノ」秋号にて、「洗える絹の最前線」特集中の156~157ページ、「愛用者に聞く洗える絹の魅力」でコメントしました。
袷から単衣の初めの季節、私は洗える長襦袢の「ふるるん」の長襦袢を愛用していて、実際にどのように活用しているかなどをお話ししています。
親の世代までは、襦袢は、シーズンが終わったら洗いに出すもの。私もそう教わって育ちました。素材が絹なのだから、自宅洗いは不可能。毎回着るたびに4千円だの5千円だの払ってクリーニングに出すわけにもいかないし、肌襦袢は洗うんだからいいじゃない‥‥という考え方です。
私はこれがとても不満でした。洋服の場合、普通、一度着たら下着は必ず洗いに出すと思います。先週着たシミーズをもう一度、なんて考えられない!
それがきものだとOKになることが、ちょっと不潔過ぎて許容出来ないなと感じていました。
それで、敢えて安めの反物で仕立てて、どんどん洗う、という方法でしのいでいたのですが、やはり安い生地はどうにもへたりやすかったり、模様が古くさかったり。
そんな中、五年ほど前に、糸の段階で防縮加工をしている絹襦袢反物「ふるるん」に出会い、様々な不満が一掃されました。
洗濯しても縮むことはなく、生地に上質感もあります。毎回洗濯ネットに入れて「おしゃれ着」コースで洗えば良いだけなので、さっぱり清潔な着物生活を簡単に(←ここが大事)送れるようになりました。
誌面では、実際に着用の際の小さなティップスもご紹介しているので、良かったらご高覧ください。写真の色が実際のものよりかなり濃く出てしまっているので、そこは目を細めて「もっと淡い色の襦袢なんだな~」と思いながらご覧頂けましたら幸いです。
なお、夏の襦袢は、誌面では合繊の絽と紹介されていますが、もう少し具体的に、東レの「爽竹」を、直接肌に触れる部分はさらし木綿にした特別仕立てで着ています。
つまり、袖と裾回し部分のみ爽竹という仕様です。
また、もちろん、麻の襦袢も愛用しています。夏は麻が一番。改まった機会のみ、上記の〝特別仕様爽竹絽〟を着ています。
来夏は、麻の絽の襦袢も導入しようかと思案中。
地球環境が大きく変わりましたから、諸々昔通りとはいきません。涼しく、快適に、清潔に過ごせるよう工夫して、きものを楽しみたいと思っています。
*
手術から二年が経ち、ようやくこの頃きものを着られるようになって来て、この夏はわずか二回ですが、きもので外出することが出来ました。嬉しいことにごく近々にも晴れやかなきもの外出の予定があります。
実は、「どうせ着られないから悲しくなるだけ」と、この2年間はきもの雑誌は極力見ないようにして来ました。
ちょうど着られるようになったタイミングで、今回、秋号でコメント取材を頂いた訳で、編集部から届いた掲載誌を久し振りにじっくりと繰っていると、とてもいい言葉に出会ったのでついでにご紹介したいと思います。
「濃地の盛装」特集の104ページで京都「野口」社長の野口誠さんがおっしゃっている言葉です。
「きもの作り全般で志しているのは、奇抜さや新しさよりも〝新鮮さ〟です」
この一行に膝を打つ思いでした。
もちろん、きものの着方に法律などなく、自分の好きなように着れば良いのですが、ただ、そうやって自由に着た姿が本当に美しいかどうか、は、また別の問題ではないか、と常々思って来ました。
私がきものを着られなかったこの2年間ほどは特にどでしょうか、インスタなどを見ていると、新しいこと、奇抜であることはすべて正義、といった風潮が、きものの世界に出て来ているように思います。そこにもやもやと違和感を抱いて来ました。この野口さんの短い談話の中には、そんな違和感に対する答えが見出されるように思います。とても深いお話です。良かったらお読みになってみてください。
ともかく、ようやくきものを着られるようになって、がまんにがまんをしていた分(2年間はやはり長かった‥‥)、今は心の底からきものを着たい!という思いがあふれ出して止まらない気持ちです。やはり私は本当にきものを愛しているようです。
クロワッサン連載「着物の時間」、後藤加寿子さん、スミレさんの着物物語を取材しました 2025/08/28
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マガジンハウス「クロワッサン」誌での連載「着物の時間」、先月分のご紹介をFacebookとInstagramには投稿したのですが、何と、こちらのブログへの投稿を失念してしまいました。この夏、本の仕事があまりにも大変で、日々の生活の上では凡ミスを連発していまして、こちらでもやらかしてしまった次第です。
ただ、今はネットからでも在庫を購入出来ると思いますので、本屋さんの店頭にはないのですが、ご紹介をしたいと思います。
先月は、料理研究家の後藤加寿子さんと、次女で広尾の和食レストラン「びおら」オーナーの後藤すみれさんに母娘でご登場頂きました。
後藤加寿子さんは武者小路千家家元に生まれ、懐石料理への深い造詣を日々の料理に落とし込んだレシピで知られます。
お茶の家元の方と聞くと、ついつい謹厳な方をイメージしがちですが、お会いするととても気さくで、そして、取材を進めると、着物に対してとても柔軟な発想をお持ちなのだなということがよく分かりました。そして、そのような方だからこそ、懐石と家庭料理を結びつけるお仕事をされて来たのだ、なとも。
お二人とも涼やかな麻のお着物でのご登場です。「クロワッサン」1147号から、ぜひご高覧下さい。
「ヒロシマ1945」展へ 2025/08/15
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たまたま終戦記念日と重なった今日、恵比寿の東京都写真美術館へ、ずっと行きたいと念願していた「ヒロシマ1945」展を見に行って来た。
私が館に着いた午後2時近くは入場券を買うのにも20分ほどかかり、図録の購入も目的だったのに、前日で売り切れていて買うことが出来なかった。それほど多くの人が訪れていた。
もちろん会場内も大変な混雑で、その一人一人が解説文をじっくりと読みながら進むため、一枚に数ずつ分かかって止まり止まりしながら進んでいく。
もちろん、それで良く、写真が持つ圧倒的な生々しさが、一体これはあの日のどの時点のどのような状況を記録した写真なのか、と見る者に問いかけさせるのだ。
そしてこれだけたくさんの人が詰めかけているにも関わらず場内はその一人一人の沈黙が重なり合って真っ白く塗りつぶされたようにしんと静まり返っていた。
原爆投下からわずか数分後に撮影されたきのこ雲、つまり、地上側から核の雲をとらえた人類最初の一枚。
投下から一時間後ほどの爆心地付近の橋に集まった人々の生々しい姿。ドキュメンタリー写真の真髄と言えるその二枚を、写真家は、胸の中で許してくれと謝りながら撮ったという。
そして、どこが目で、どこがケロイドによる水ぶくれなのか判別出来ない被爆者の顔⋯。
見終わって、まだ明るい恵比寿の街を歩いていると、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなって立ち止まってしまう。
そして、会場で同じ展示を共有していた人たちのことを思い出す。
年配の方がほとんどだろうという私の事前の予測はまったく外れ、多くは二十代から五十代の、いわゆる現役世代だった。
バッグにどっさりチャームをつけたおしゃれな女の子やヒップホップ系らしいTシャツの男子など、一見軽そうな見た目の若い世代を次々と見かけて驚かされる。
会社の隣りの席や銀行の窓口の向こうできびきびと応対してくれる、本当に普通の、日本人標準としか言いようがないような女性たちも多数見かけた。
終戦から八十年を数え多くの社会課題を抱えて針路が見えないように思えても、この国にはまだ可能性があると信じたくなる午後だった。
「ヒロシマ1945」展は17日まで
東京都写真美術館にて